東京から離れて、東京らしい生活を手に入れた
私は東京をサブ拠点としており、月1~2回、1度につき3~5日間滞在します。宿泊拠点は仕事の予定に合わせ、アクセスの良いビジネスホテルを予約。できる限り電車移動が発生しないよう、仕事をする場所の徒歩圏内にこだわります。
滞在期間の主な仕事は打ち合わせや取材などフェイス・トゥ・フェイスで行いたいもので、午後を中心に平均3件程度のアポイントを入れます。夜は友人や取引先とご飯を食べる予定を入れ、可能であれば朝は執筆やメール返信などの事務作業時間に。清潔感が保たれて余分なもののないホテルは、オンタイムの集中力と緊張感を適度に与えてくれます。
限定された時間のなかで東京の人たちと出会い、言葉を交わす時間は、二拠点生活を始めてから特別なものとなりました。東京に住んでいたころは、流されるまま過密なスケジュールが続き、多くの人が躍動する東京の魅力を味わう余裕などなかったのです。
東京らしく時間を楽しむことを、私はその期間を限定することでようやく叶えられました。家事や家族など生活のタスクと東京を切り離せたことも、その余裕を生んだひとつの要因です。
新しく人と出会えること。先端の技術や事業と触れること。そのエネルギーを全身に浴びること。飲食店や美術館から文化を感じ、五感を刺激すること。それらから自分の指針を見直すこと。
これは東京を離れて再び東京に足を運んだからこそ、東京にしかないと気づけた魅力の数々です。私は本エッセイの初回で自分を「東京に選ばれなかった」と表現しましたが、二拠点生活をすることで、初めて期間限定であれば東京に選ばれる身になれたようにも感じています。
地元の魅力は帰って初めて見えるもの
そんな充実した東京出張を終えれば、北海道のおだやかで静かな住宅街が私を待っています。学生時代に「つまらない」と嘆いていたこの地には、人が少ないからこそ生まれる安心感、そのままでおいしい食材、誰の目も気にせず過ごせる広大な公園、木々の香り、隔てるもののない空がありました。
東京では東京でしかできないことを楽しもうとするように、北海道でも北海道でしかできないことを優先するようになりました。広いキッチンで料理を作ることや、古い部屋をDIYで直していくこと、庭でハーブや野菜を育てることが今は趣味になっています。
二拠点生活で知ったことの一つが、私は今まで休日を楽しめていなかったということです。たとえ手を動かしていなくても、頭は絶えず仕事のことを考えていました。誰かが必ず働いている街というものは、どこか休日を拒むような気配を生み出します。あるいは、休日すらも洗練された何者かであることを強制するような。
拠点を北海道に移してから、私は初めて何も考えない時間を取れるようになりました。のんびりと過ごしていいと思えたのは、物理的にすべての仕事から離れられたからです。もちろん、パソコンに向かえばそこに仕事はあります。それでも周辺の環境や空気が静まりかえっていると、パソコンに向かわないことが自然だと思えるのです。
過ごす時間の長さから考えれば、私にとっては東京が“旅先”であり、北海道が“家”です。しかし、得られる感覚としては北海道もまた“旅先”と捉えられます。多忙な日々を終えてバカンスを迎えたような達成感と充足感が、この家にあるのです。
二拠点を行き来することで、私はそれぞれの場所が持つ良いところを知り、幸せを感じ取るようになりました。いつだって旅立つのが楽しみであり、同時に帰るのが楽しみです。それぞれの拠点の差分を栄養にすることで、自分自身も成長していることがわかります。
二拠点生活は拠点ごとのイベントから間を取る手段
暮らすということは、そこで起こるさまざまな出来事に関わるということです。どこに住んでいたって、自分の意志だけではどうにもできない拠点の野暮用やトラブルは起こるものです。二拠点生活には、こうしたイベントから少しだけ距離を取る効果があります。
例えば、仕事で緊急のタスクが生じたとき、東京に住んでいたころの私は真っ先にヘルプを出されていました。NOとは言えない性格とどんな困難も乗り越えようとする根性が相まって、そういう場に駆り出されることの多いタイプだったのです。しかし拠点を北海道に移してからは、そういった要請は一切なくなりました。
以前は緊急事態に対応することが自社や取引先への貢献手段だと信じていましたが、緊急ではない仕事を精度高く打ち返すことも、れっきとした貢献の手段です。トラブルから距離を置くことで、私は計画された仕事を効率よく進められるようになりました。
また、北海道の拠点に関するタスクの負担も、二拠点生活をすることで軽減されています。地方では近隣との人間関係が深くなる傾向がありますが、定期的に不在にすることを説明しているので、近隣の方々とは近すぎない距離を保てています。いわゆる親睦の場への参加頻度が少なくても、周りに嫌な思いをさせることはありません。
とはいえ、双方の拠点へのコミットが少ないというわけではありません。東京にいない分、オンライン対応が可能なときは緊急でも尽力しますし、北海道では町内会の役員として事務作業を請け負っています。ただ、いずれも自分の時間を投資するか判断できるところが以前と違うところです。拠点が二つあることで断る理由が生まれ、自分の強みを活かせる仕事を選び取ることができるようになったのです。
各拠点で幸福度の高い時間を選び取る
そもそも二拠点生活は自分のために選ぶ生き方であり、働き方です。誰かがあなたに二拠点生活を強いることは、ほとんどないでしょう。だから二拠点生活を選んだからには、選択肢は常に自分の幸せなほうを選び続けてしまっていいのだと思います。
そして、その選択からそれぞれの拠点の魅力を感じ取ることで、日々の充実感は二倍になります。コストや移動の手間だけを考えるとなかなかハードルの高い働き方ですが、私は二拠点生活を始めて「やっぱりこの働き方を選んでよかった」と思えました。
文・写真=宿木雪樹
編集=五十嵐大+TAPE
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