「すみません、今日メイク薄いので顔が違うんですけど…」そう言いながら待ち合わせの場所に現れたのは、今回ご紹介する日暮美貴(ひぐれ・みき)さんです。
実は彼女、フィリピン産のココナッツオイルをメインに世界各国のオーガニック食品を日本へ輸入する会社を経営する、23歳の若き女性起業家なのです。
毎月フィリピンと日本を往復する生活を送っているという日暮さん、彼女はなぜ会社に就職するのではなく、起業の道を選んだのでしょうか。
フィリピンと日本のワークスタイルの違いについても日暮さんにお話を伺いました。
渋谷のクラブに通うギャルから一転、フィリピンのココナッツ畑に通う社長に
女性実業家とはいえ、見た目は20代の普通の女の子。話を聞いてみると、なんと中卒で元ギャルだったといいます。
「10代のころは渋谷のクラブで朝まで遊んで、寝ないでそのまま仕事に行ったりしてましたね。遊びも仕事も全力でしたから(笑)」
中学から高校まで一貫の進学校に通っていた日暮さん。しかし、私立高校の校則の厳しさと学校で習う授業の実用性に疑問を感じ、高校2年生の秋に中退します。
「私はもともと勉強が苦手で…。それに興味がなくて役に立たない勉強をしても時間の無駄だなって思ったんです。必要なことだけ勉強したかった。母親には猛反対されましたが、『大検を取れば高卒と同じでしょ』って説得して辞めたんです。それで、大検の費用と貯金のためにすぐにアルバイトを始めました。当時は経験が一番大事だと思っていたんです」
日暮さんの仕事っぷりは、当時ギャルだったとは思えないほど。
勉強とアルバイトを両立させる忙しい生活を送り、日暮さんは同級生が卒業するよりも早い、高校3年生で大検を取得しました。その後、20歳で不動産会社に就職し、働きながら医療事務の資格を取得。薬局に転職し、薬剤師のアシスタントとして働き始めます。
実は、このころから日暮さんは現在のビジネスの構想を思い描き、営業活動を続けていたそうです。
ココナッツオイルとの出会い
今では日本でも有名になったココナッツオイルですが、日暮さんは10年以上前から当時アメリカでブームだったココナッツオイルを手にして、使用していたそうです。
また、日暮さんの父親は海外への出張時によくココナッツオイルを買ってきてくれたそうで、それが今の事業へのヒントになったとのこと。
現在、日暮さんの会社が提携するフィリピンのココナッツ工場とも家族ぐるみで長年の付き合いがあり、日暮さんも小さいころによくフィリピンへ連れていってもらっていたのだとか。
父親がお土産で買ってくるココナッツオイルに、当時11歳だった日暮さんは次第に興味を持ち始め、自ら勉強を始めます。
手のひらより大きい、これがココナッツ。
「最初は怪しいなと思っていました(笑)。当時は日本人が水を買って飲む…ということすら目新しい時代だったので、オイルなんてサラダ油かゴマ油くらいしかなかったんです。そんなころに『ココナッツオイルは、食べられるし、体や髪にも塗れるし、美容にも健康に良い』なんて言われてもピンとこなかったんですよね」
起業のきっかけは2014年ごろ、日本にココナッツオイル・ブームが到来したとき。すでにココナッツオイルを愛用していた日暮さんは、その魅力を広く伝えたいという思いから、薬局に勤めながらココナッツオイル輸入の卸先を探すために、電話などで営業活動を行っていました。
「当時、ブームで日本のどこの会社もココナッツオイルが不足していたのです。そんなとき、取引会社が見つかって売上げのめどが立ったため、会社として法人登記しようと決意しました」
起業したものの1年間は無収入に…
取引先の要望は自社ブランドの製品を製造することだったため、ココナッツオイルはもちろん、容器・キャップ・ラベルの印刷まで、取引先とやりとりしながら決めていったそうですが、そこには大きなお金と時間がかかり、最初の1年間は苦労したと明かします。
「容器一つ取っても自分の足でいろいろ探し、クオリティーのチェックも並行して行うのですが、買うとなると何万個単位なので大きなお金がかかります。やっと最初の2万個をフィリピンから日本に出荷できたのは、契約から1年経ったころでした。この間、もちろんお金は出ていくばかりです。
契約した3,000ヘクタールのココナッツ農園には自分の足で出向く。
仕入れから準備までにかかる資金として、銀行から数千万円の借り入れをしたときは、今まで自分が扱ったことのない桁の金額なのでさすがに不安でしたね。でも、ビジネスが動き始めたからにはやらなきゃいけないことなので、『大丈夫』って自分と商品を信じて前だけを見て進み続けました」
現在は取引先も増え、オリジナルブランドの小売りを始めたことで、売上げも順調だという日暮さん。ここまで彼女を支えてくれたのは、父親に言われたある言葉だったそうです。
日暮さんの父親はさまざまなことに挑戦しており、自分が興味深いことがあればすぐにその世界に入ってしまいます。そんなエネルギッシュな父親から小さいころに言われた「何でも経験した者勝ちだから、自分で責任が取れるなら何にでも挑戦しなさい」という言葉が心に深く刻まれており、その言葉で今の自分があると日暮さんは話していました。
「父は昔から何を考えているのか分からないのですが、世界中に友達がいたり、50歳から大学に入り直したりする姿を見て『何をするにも遅いってことはないんだな』『何でもやってみるもんだな』って思うようになりました」
フィリピンと日本の仕事観の違いにあぜん
日暮さんの会社で扱っているココナッツオイルは、フィリピンのミンダナオ島にあるココナッツ農園と工場で作られています。日暮さんは月に一度フィリピンに1~2週間ほど滞在し、輸出の打ち合わせや農園や工場の管理者と直接会ってコミュニケーションをとります。
昨年はトータルで1年のうち半年はフィリピンで過ごしたそうです。そこで日暮さんは、フィリピン人の仕事や価値観の違いに驚いたそう。
食事をしながらミーティングは日常茶飯事。
食事が何より大切
「日本って寝るよりも食べるよりも仕事って人がいますよね。フィリピンには『イート・ファースト』という言葉があって、食事が何よりも大切です。一緒にご飯を食べながらのミーティングも普通ですし、朝・昼・おやつ・晩ごはん、と4食しっかりとります。
フィリピンの会社は、おやつの時間になると電気が落とされみんなおやつを食べに行くんです。大の大人がアイスやケーキ、チョコレートを食べてる姿はかわいいですね(笑)」
ビジネスとプライベートを分けない
「日本は仕事とプライベートを分けますよね。でもフィリピンは家族ぐるみで仕事の人と付き合うことも普通で、仕事や接待でも『じゃ、子ども連れてきなよ』ってなるんです。
私がフィリピンでホテルが取れなかったときも、取引先のフィリピンの人が『うちの事務所でよければ布団敷いて寝ていけば?』と、2日も泊めてもらったことがあります。打ち合わせのときも握手の後ハグしたり…とても温かい気持ちになります」
時計を見ない
「時間に遅れたら日本人は怒るけど、フィリピン人は気にしません。待ち合わせても1~2時間の遅刻はよくあります(笑)。フィリピン人は時計をあまり見ないんです。
日本は30分~1時間単位で打ち合わせなど入れますが、フィリピンでは打ち合わせして一緒にご飯を食べたりするので、3~5時間は打ち合わせに時間を割きます。だから1日のスケジュールは、午前と午後に一つずつくらいしか入れられませんね(笑)。
もちろん、すべての人がそうとは言いませんし、『渋滞してるから遅れます』など連絡を入れますが。
日本では一度言えば分かることも、フィリピンでは二度三度言わないと分からないことがあります。電波がない、Wi-Fiがあるのにインターネットが通じない、仕事を依頼しても期日に物が届かない。他にもたくさんありますが日本の当たり前は、向こうでは通じないので180度頭を切り替えて生活をしています」
起業することのやりがい
22歳という若さで事業を立ち上げた日暮さん。特に日本では、その年齢や見た目から、注目されることがあるそうです。
日本での展示会で、堂々と立ち振る舞う。
「若いということもあって注目はされますし、ビジネスマッチングの商談会のときに予約外の指名をいただいたりしますが、その反面、若いからとなめられてしまうこともあります」
もともと勉強嫌いだった日暮さんですが、ビジネスメールのやりとりで言葉遣いが分からず独学で勉強したり、電話で言われて分からない言葉をメモして後で調べる…そんな日々を続けて少しずつ成長してきたといいます。
会社勤めと違って上司はいません。だからこそ経験できることも多いのだとか。
「名刺交換の後って何を話して良いか分からないので苦手だったのですが、最近は相手が何を聞きたいか、聞いてほしいかを考えて、自分から話せるようになってきました。営業は苦手ですがお金を作るという使命感もあるし、苦手なことも場数を踏んでいけばある程度は慣れていくことに気付きました」
フィリピン滞在中は打ち合わせや農園をまわり、日本では取引先とのやりとりをはじめ、展示会、勉強会への出席など寝る間も惜しんで働くことも珍しくないという日暮さん。フィリピン人はのんびり働いているとのことでしたが、彼女の働き方はパワフルなお父さん譲りのようです。
「睡眠時間が2~3時間だろうと給料が出るわけではありませんが、この仕事は好きなことだから頑張れますね。お客さんが愛用してくれている姿にいつも励まされます」と真っすぐな瞳で答えてくれました。
これから起業する人へ伝えたいこと
そんな日暮さんに、これから起業を考えている読者へアドバイスをいただきました。
「起業したいって思ってる人は、何かをやりたい人ですよね。そのやりたいことにはモデルとなる先輩がいるはずなので、まずはその良き先輩の言葉を素直に聞くことです。取り入れられるものは取り入れて、悪いところは反面教師に。すると自分だけの考え方が出来上がっていくと思います。
フィリピンでの打ち合わせで。
不安はあると思いますが、さまざまな助成金や支援、また、行政の手続きなどフォローしてくれる仕組みがあるので、自分でなんでもやろうと思わず、しっかり相談して逐一報告することを心がけると良いかもしれません。
お金を借りる気はなくても、銀行に『こんな事業で将来的にこれくらいのお金が必要になるかもしれません』ということを相談しておけば、何かあったときに助けてくれたりします。いろんなところに自分のことを話しながら歩いていけば、海外でも助けてくれる人がいます。自分一人でやろうと思わないことが大切です」
そこで彼女に今後の目標を聞いてみると、「自分に還暦…? あ、違う。“貫禄”を出していきたくて(笑)」と言い間違えるなど、まだギャルだったころの面影が見え隠れする日暮さん。
「まだまだ自分の力不足を実感することがあるので、先輩方から多くを学び、勉強を続けたいです。あと、これから3年かけて会社のシステムをしっかり構築し、私がいなくても会社が動いていくようにしたいですね。実は私、ネイルアートが大好きで、次はネイルサロンをやりたいんです。そこにココナッツオイルを絞るときに捨ててしまうココナッツの殻を使ったテーブルやイスを置いたらすてきじゃないですか?」
そう言って、華やかな指先を見せてくれた日暮さん。「起業して良かったのは、ネイルしてても仕事ができること!(笑)」と無邪気に笑う姿、それは23歳の等身大の女の子でした。
まとめ
自分に必要なことを見極め、高校を中退して大検や資格を取得するなど、目的のために最短ルートを選んできた日暮さん。起業は目的ではなく、彼女の目標を達成する最適な“手段”の一つなのでしょう。
起業という“転職”も、あなたの人生の中の選択肢の一つとして、今回の記事を参考にしてみてはいかがでしょうか。
識者プロフィール
日暮美貴(ひぐれ・みき)
1993年、千葉県柏市生まれ。私立高校を中退後、大検、医療事務の資格などを取得。2015年2月、22歳でココナッツキュア株式会社を創立。フィリピンでオーガニックココナッツの栽培からココナッツオイルの製造、日本への輸出入、OEMや小売りまでを一貫して行う。
ココナッツキュア株式会社
※この記事は2017/01/24にキャリアコンパスに掲載された記事を転載しています
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