自分が心から楽しめる、好きなこと。小さい頃は誰もが持っていたはずなのに、いつの間にか分からなくなり、その結果、“好きなこと”を追い求める人生ではなく、“安定”を何よりも重視した人生を送ってしまいがちです。
しかし、「自分の好きなこと=子供の頃の夢」ではありません。意外と、思ってもみなかったところに、自分の好きなことが眠っているもの。ふとしたきっかけで始めたことが自分にとって、唯一無二の“好き”になることだってあるんです。
今回お話を伺った、渋谷にあるカフェ「factory」のオーナー西原典夫氏は、大学3年生のときに心から楽しめる、好きなことを見つけました。そんな彼が歩んできたキャリアはどういったものなのでしょうか?
最初は教師になりたいと思っていた。でも、くだらない理由で始めた「ある店でのアルバイト」で考えが変わった
-- 現在は「factory」のオーナーとして働かれていますが、いつ頃からカフェのオーナーを目指されていたんですか?
西原:実は、大学の頃までは全然違うことを考えていました(笑) 小学校の頃からバレーボールをやっていたこともあって、大学に入学するときは「体育の先生」になろうと思っていたんですよ。だから、大学も体育教師になれる学部・学科を選びました。
大学でも部活動は続けていて、順調に教師になる道を歩んでいたんですけど、3年生の頃に、「B.B.キングが東京に来るから、その店で働きたい」というくだらない理由で始めた、ジャズ・クラブ「BLUE NOTE TOKYO(ブルーノート東京)」のアルバイトがとにかく楽しくて、楽しくて。
一年間ぐらいは埼玉から青山に通っていたのですが、集中して仕事をしたいと思い、大学4年の後期に休学を申請して、東京に住み始めました。
-- 大学4年の後期に休学をしたんですか!?
西原:「とりあえず卒業する」ということはしたくなかったですし、結局一年間の休学のあとそのまま大学は退学して、ブルーノート東京に就職しました。
-- 大学に入る前から抱いていた「体育教師になる」という夢は、簡単に割り切れるものだったのでしょうか?
西原:3年半教育学部に通っていたので、もちろん教育実習にも行きました。それ自体はすごく楽しくて、「バレーを教えたい」という思いもあったのですが、「“学校”という社会は狭いかも」というふうにも感じたんです。
教師の仕事って、自分が持ちうる多くの時間を教え子達に割かなければいけない。もちろん、それが“何よりも好き”だからこそ、教師をやっている人もいると思うんですけど、付き合う人も限られてきてしまうので、個人的にはあまり向いていないんじゃないかと思いました。
教師にならなくとも、将来的に教育やバレー指導に携われる可能性はあるなと思いましたし、例えば校長先生は教員免許がなくてもいい。であれば、“教師”という職業に固執しなくてもいいのかなと。もちろん、親を含め周りの人には、ものすごく大学中退には反対されましたけど(笑)
ブルーノートでアルバイトをしていた頃から、「将来は何かしらのサービス業(多分、飲食だけど)を仕事にしていきたい」という思いは持っていて。その思いが勝ったからこそ、“今”の仕事があるのかもしれないですね。
他の仕事も経験してみたかった。4年働いた「ブルーノート東京」から、新規飲食店の立ち上げを経て、IT業界の道へ
-- ちなみに、ブルーノート東京の仕事はどれくらいやっていたんですか?
西原:4年くらいですね。大好きな音楽を聞きながら仕事ができて、すごく楽しかったんですけど、4年間働いてみて、ちょっと“やりきった感”も心のどこかにあって。そこでの仕事に満足しちゃったというか。「管理職になりたい」という欲もなかったですし、他の仕事も経験してみたいなと思ったので、転職を決めました。
-- 4年間働いて、「独立しよう」という思いはなかったんですか?
西原:「いつかは独立したい」という思いはあったんですけど、資金の問題もありましたし、当時は「他のことがやってみたい」という思いの方が強かったですね。
ちょうどその頃、ブルーノート東京が系列店として横浜赤レンガ倉庫に新しく「MOTION BLUE YOKOHAMA(モーションブルー・ヨコハマ)」をオープンさせたので、その立ち上げをやったり、その後に先輩が独立して高田馬場でカレー屋さんを始めるというので、その手伝いをしたり。
その後に始めたのが、大手IT企業での営業アシスタント。当時、「ITの仕事がしたいな」という思いがあったので、“派遣”という形で入社し、パソコンの勉強も兼ねてしばらく働きました。
飲食業界で経験を積んで独立した先輩はたくさんいますけど、自分の場合は「飲食業だけをやって独立するより、違う仕事も経験してからの方が面白いお店を作れそう」と思っていました。
西原: 他には、手帳のブランドとして有名な「MOLESKINE(モレスキン)」を輸入商材のメインとして扱う会社で4年ほど、それから「Brooklyn Parlor(ブルックリンパーラー)」という新宿のカフェで働き、今(factoryのオーナー)に至ります。
-- まさに転々と・・・様々な仕事を経験してきたんですね。
西原:全ての仕事が“今”につながっていると思っていて、本当にたくさんのことを勉強させてもらったなと思います。モレスキンのときは小さな商社のような会社だったんですが、会社の仕組みや取引先とのやり取りを学べたのはもちろんのこと、最先端のツールを使って仕事をすることができました。
例えば、もう10年ほど前からすでに「クラウド」で顧客管理や会計などを行っていましたし、メール周りもGoogleを使っていました。この、新しいテクノロジーに触れながら仕事ができた経験は、今の店舗づくりにも活きています。飲食とは直接的には関係のない仕事だったんですけど、「きっと、どこかでカフェの仕事につながるんだろうな」という思いは、何となく持っていました。
自分が大好きなアンディ・ウォーホルは35歳でアトリエを作った。自分も挑戦するなら、35歳のタイミングで
-- その後、再び飲食業界で働くことに。きっかけは何かあったのでしょうか?
西原:約4年間営業職を経験して、自分の中で一段落したような感覚があったんですね。ただ、この時は次の仕事を決める前にまず仕事を辞めて、しばらく一人旅をしたんです。フランス各地を3週間かけて周り、一旦帰国してからニューヨークに10日間ぐらい。初めての海外一人旅だったんですが、この旅は本当にしてよかったと思います。
カフェやビストロはもちろん、美術館や教会などいろんなところへ足を運んで、たくさんのひとと会ってきました。この経験もお店づくりに繋がっています。
ちょうどその頃に、前職で勤めていたブルックリンパーラーが新宿三丁目にオープンしたんです。このお店はブルーノート東京がカフェ形態として出店する初めてのお店でした。「手伝ってくれない?」と声をかけられたので、立ち上げやスタッフ教育で協力をしつつ、1年半くらい働きました。
そのときの年齢が35歳。お店も落ち着いてきたし「もうそろそろ良いかな・・・」という思いもあったので、何となく物件探していたら、今(factory)の場所を偶然見つけて。
このお店の名前「factory」はアンディ・ウォーホルのアトリエ「Factory」が由来となっているのですが、彼が「Factory」を作ったのが35歳。自分もちょうど35歳だったので、「挑戦するなら、今だろう」と。無事に物件の審査も通ったので、そこからは怒涛のスケジュールで、約1ヶ月半でお店をオープンさせました。
-- ずっと持ち続けていた、「いつかは独立したい」という思いが形になったと。
西原:そうですね。振り返ってみると、色んな仕事を経験してきて良かったな、と思います。「ブルーノート東京」や「ブルックリンパーラー」で店舗作りや接客の方法を学べましたし、IT系の会社や商社では最先端の新しいテクノロジーにも触れることができた。その経験が全て詰まったのが、今のお店。自分の“集大成”と言っていいほど、強い思い入れがありますね。
自分が出来ることを見極めて、全力で取り組む。そうすれば、自分がやりたかったことも見えてくる
-- これまで、様々な仕事を経験してきた西原さんにとって、“働く”とはどういったものなのでしょうか?
西原:仕事の時間って、人生の大部分を占めるものなので、僕は「仕事は人生の満足度に直結するもの」だと思っています。なので、つまらない仕事をしていたら、人生がつまらなくなる。人生を充実させたいのであれば、仕事を充実したものにすることはとても重要なこと。
本気で仕事に打ち込めば、自分にフィットしているかどうかも見えてくると思うし、もし仕事を変えるときも後悔することがないと思います。
-- なるほど。では最後に、仕事を充実させるためには何が必要だと思いますか?
西原:何より大切なのは、自分の出来ることをきちんと見極めて、全力で取り組んでいくこと。そうすれば、少しずつ自分の出来ることが増えていくので、“やりたかった仕事”も出来るようになるかもしれない。
実は、自分が思っている以上に出来ることってたくさんあるのに、多くの人は、“やりたいこと”ばかりに目を向けてしまいがち。理想に目を向ける方が簡単ですけど、それでは精神的に疲れてしまうだけ。
自分が出来ることをやらず、理想ばかりを追っていると、結果的に出来ないことが増えていき、結果的にストレスになってしまう。それでは仕事も楽しくならない。
まずは自分が出来ることをきちんと把握して、全力で取り組む。そうすることで、自分が“本当にやりたい”と思うものも見えてくるようになるのではないでしょうか。
(取材・執筆:新國翔大)
※この記事は2016/11/04にキャリアコンパスに掲載された記事を転載しています。
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