2016年から選挙権が18歳まで引き下げられました。
先の第24回参院選(2016年7月10日開票)では18歳の投票率は51.28%、19歳では42.30%(いずれも全国平均)に達したものの、20代前半・後半の人の投票率はそれぞれ33.21%、37.91%とそれを下回る結果に。20代ならばもう少し興味関心が高くてもいいはずですが……。
そんな選挙には、立候補者を陰ながらサポートする「選挙プランナー」という仕事があることをご存じでしょうか? 今回お話をうかがう株式会社ダイアログ代表の松田馨さんは、そんな選挙プランナーの一人。最近では小池百合子政経塾「希望の塾」で都議選対策講座の講師も務めています。選挙プランナーの仕事とはどんな仕事か―松田さんのお話を聞けば、きっとあなたも選挙の見方が大きく変わるはず!
3つの柱で動く、選挙プランナーのお仕事
―「選挙プランナー」は、具体的にどういったお仕事をするのでしょうか?
分かりやすく大きく3つに分けると、次のような仕事があります。
まず1つめは「PR戦略」。PRという言葉自体は世間的にもよく知られていますが、厳密にいうと「パブリック・リレーションズ」を指す言葉です。「アピール」と混同されがちなのですが、「ピーアール」は単に自分を売り込むというものではなく、日本語訳するならば「戦略広報」といった意味になります。調査分析に基づいて、ターゲットを設定し戦略を立て、他の候補者との差別化を考え、立候補者本人のストーリー作りに寄与したりしています。
2つめは「コンプライアンス」。僕の師匠である三浦博史さんの言葉ですが「選挙プランナーが陣営に入った以上は、絶対に選挙違反者を出してはいけない」と言われています。公職選挙法という選挙のルールを定めた法律は複雑で、“グレーゾーン”といわれる解釈の幅が大きいのです。陣営からうっかり違反者を出してしまわないように、プロの目でしっかりとアドバイスをしないといけません。
―最後の1つは?
「プロジェクトマネジメント」です。選挙というのは投開票日という終わりが決まっていますから、立候補を決断してから投開票日まで間の予算・時間をどうマネジメントしていくのかが勝敗を分けます。
―選挙にもいろいろな仕事があるものなのですね。立候補者とは選挙の期間の前段階からお付き合いをするものなのでしょうか?
出馬表明の直前に相談を受けることもありますし、もっと前――例えば出馬表明の2年ほど前――から相談を受けて、選挙まで密に相談に乗りながら戦略を練る場合もあります。特に選挙の出馬表明をマスコミに大々的に記事にしてもらえば知名度が向上しますので、有権者へ訴えるメッセージを考えるなど、出馬表明前の「仕込み」も選挙プランでは重要なことです。
初選挙に勝利! 功を奏したイメージ戦略
―松田さんが選挙プランナーになるまでにはどのような経緯があったのでしょうか?
京都精華大学人文学部環境社会学科に在学中からデザイン事務所に勤務し、主にアートディレクターとして活動していました。卒業してからは、母校である京都精華大学に就職し、大学職員として入試広報の企画業務などに従事しています。
その一方で、大学時代に仲の良かった知人が前・滋賀県知事の嘉田由紀子さんのゼミ生で、その縁で嘉田さんの研究室にたびたび行くようになりました。
―嘉田さんは当時、環境社会学者として同大学で教鞭を執られ、その後、滋賀県知事選挙に出馬されます。
僕がデザイン関係の仕事をしていたしPCが得意だったので、研究実績をまとめたホームページ制作の仕事を頼まれるようになったのです。そこから次第にITアドバイザーのような立場になり、ある日、嘉田さんから「パソコンの調子が悪いから見てほしい」と頼まれたので研究室を訪ねたとき、パソコンとは関係ない言葉を告げられました。
「知事選に出るかもしれないから手伝ってほしい」――と。
大学生時代、そして職員時代と嘉田さんとは親しくさせていただきましたが、僕はそのとき大学職員を退職しようかと考えていた時期でした。PRプランナーの資格の勉強をし、これからは独立して「1人広告代理店みたいな仕事をしたいな」と考えていたときだったのです。そのことを嘉田さんに話すと「その力をぜひ選挙という舞台で生かしてほしい」と頼まれて。
―初めての選挙プランナーの仕事は、2006年7月の滋賀県知事選挙でしたね。嘉田さんは無所属の新人ながら217,842票を獲得し、現職を破っての初当選を果たしました。
嘉田さんが当選するために、まずは当選への見込みの薄い泡沫(ほうまつ)候補にならないこと、そして無党派層を十分に取りこむことが最善の道だと考えました。そのために必要なのがイメージ戦略だったのです。出馬表明する前と後では、嘉田さんの印象もだいぶ違うと思いますよ。
―テレビなどで見る嘉田さんは、明るいカラーのスーツを着こなしたステキな女性というイメージです。
「滋賀県初の女性知事」という当選後のイメージを考え、出馬表明前の大学の先生というイメージを大きく変えました。無党派層の目にも「この人に知事を任せたい」と思ってもらえるよう、髪型やメイク、服装などの見た目からがらりと変わってもらいました。後援者からは「これは嘉田さんじゃない!」なんて反発の声もあがりましたが、知名度ゼロからのスタートで20万票以上をとろうと思ったとき、新しく嘉田さんを知る方に好印象を抱いてもらうことを優先しました。
―嘉田さんが当選された後、松田さんは選挙プランナーとして活動を本格化させていきます。
嘉田さんに誘われたときから、特別、選挙に興味があったわけではありませんでしたし、「1人広告代理店」も選挙だけに特化するつもりはなかったのです。しかし嘉田さんの選挙を経て、県内全域にわたって多くの人脈ができました。そのつながりで「今度は○○市の市長選挙があるから手伝って」と、あちらこちらから誘われるようになります。
そこでまた人脈と実績ができると、次の仕事に誘われて――おかげさまで、そんなふうにしていつの間にか一年中選挙に携わるようになっていたのです(笑)。
―2008年には株式会社ダイアログとして法人化。2015年には東京に事務所を移して活動されています。2006年の初選挙から10年以上が経ちましたが、モチベーションを継続させるような「達成感」が得られるのはどういうときですか。やはり当選した瞬間?
実際は当選した瞬間って、内心ほっとしているというのが正直なところなんですよ。喜びよりも安堵が勝るんです。
これまでに「これは勝てるだろう!」と思いつつ挑んだのに負けたことも何度もあるし、その逆もある。何があるか分からない怖さを体験しているので、最後の最後まで一抹の不安が残ります。だから本当にうれしい気持ちになれるときというのは選挙が終わった後、当選された方が政治の舞台で活躍していく姿を見ることなのです。当選された方が選挙で訴えた公約を達成し、地域をよくしておられるのを知るのが自分のモチベーションになっていると思います。
ストーリーを作るために、立候補者に課す“松田式”10箇条!
―これまでに培ってきた人脈以外にも「自分の選挙を手伝ってほしい」なんて飛び込みでやってくる候補者も多いのではないでしょうか? そうした方をバックアップするかどうか、松田さんはどんなところに判断基準を置いていますか?
僕の場合は、立候補予定者の方に必ず次の10箇条について確認し、ヒアリングをしています。
2. 実現したい政策・政治は何か
3. 家族の説得は完了しているか
4. 健康面や体力の不安、スキャンダルの可能性はないか
5. これまでの経歴においてアピールできる点はあるか
6. いつから選挙に全力投球できるか、休みなく選挙に注力できるか
7. 家族以外に二人三脚で一緒に選挙を戦ってくれる人はいるか
8. 選挙区内に人脈はどの程度あるか
9. 応援してくれる組織や団体・グループはあるか
10. 選挙を戦うために最低限度の資金はあるか
―10箇条のポイントは?
僕自身の政策の好みや、主義主張が合うかということは、仕事では表に出さないようにしています。政策の是非を判断するのはすごく難しいですし、それは歴史が証明するものだと思っているので僕が判断することはできません。
僕と多少考え方が違っていても、その方の発言に一定の説得力があって、そのことを自信をもって語れるのであれば、それでいいと思っています。
それ以上に僕が見ていることは、10箇条の1&2にある「なぜやるの?」「何がしたいの?」という部分。僕からしたら政治家という仕事は、お金がもうかるわけでもなく、清廉潔白を求められ、何かミスをすれば叩かれる大変な仕事です。絶対にやりたくないと思ってます(笑)。それはきっと僕だけじゃなくて、多くの有権者が思っていることだと思うんです。
ならば、それだけ面倒な仕事をわざわざやりたいのはなぜなのか。そんな大変な思いをしてまで何がやりたいのか。有権者もそれを聞きたがっている。そのための「なぜやる&何をやる」です。
それに加えて、5の「何をやってきたの?」があると、説得力のあるストーリーが生まれやすくなります。
嘉田さんの場合も、知事になるずっと前から研究者として琵琶湖の研究をされていました。2006年の滋賀県知事選挙ではダム事業の凍結・見直しが争点の一つになったのですが、嘉田さんは「琵琶湖の生態系や水辺と人の暮らしを守ろうとしてきた→学者として働きかけてもダム事業を止めることができなかった→だから知事になってダム事業を止めようとしている」
―そんな説得力のあるストーリーを打ち出すことができたのです。
社会人にとって「選挙」って何だろう?
―もともとは政治に興味がなかったという松田さんが、選挙プランナーとして活躍されているというのも不思議なお話ですね。政治や選挙に対して見る目は変わりましたか? 最近は「若者が政治に無関心」なんていわれていますが……。
この仕事を本格的に始めてから、「政治家の仕事って何だろう?」ということは考えるようになりましたね。
選挙で選ばれた政治家は2つの権利を持ちます。1つは「税金の使い道の優先順位を決める権利」。もう1つは「生活者を規定するルールを変えられる権利」です。社会生活を送るうえで税金を納めていない人はいませんし、法律や条例と無関係の人などいるはずありませんよね? 政治が自分と関係ないと思うことは、そもそも観点が違います。
とはいえ、そのつながりが感じにくい世の中であることはたしかだと思います。結婚したり出産したりライフステージが変わるごとに(その年齢層の)投票率が上がっていくのはそのため。社会とのつながりを、どのタイミングで意識できるようになるのかが肝心なのだと思います。
―最後に、投票に行くことへ二の足を踏んでいる20代にメッセージを。
日本人は真面目なのか、どこかに「正解がある」と思ってしまうんですよね。だから自然と「どの人(党)に投票するのが正解なのだろう?」と頭の中で考えてしまう……。
僕が選挙に対して関心が薄い人に言いたいことは「正解なんてない」ということ。なんだったら直感で投票したっていいと思います。
ただ、誰に投票したのかは覚えておいてほしい。選挙はこれからも繰り返していくもので、1人が生涯に選挙へ行く回数は100回以上なんていわれています。それだけ何度も投票の機会があるのだから、前回に投票した人がダメだったら、次の選挙では変えればいい。そうやって積み重ねて経験していくことで「最適化」できるものなんだって分かってほしいです。
まずは参加から、社会とつながる一歩を
選挙の結果は将来の法やルールを反映するものでもあります。無関心なうちに何十年か経過し、自分たちの生活がガラリと変わってしまうようなルールが、知らないうちに決められてしまったら?
松田さんのお話を聞いて少しでも興味を抱いたら、社会とつながる一つの機会として、次は選挙の必要性とは何かをみんなであらためて考えてみませんか?
参考サイト)
第24回 参議院議員通常選挙発表資料
(取材・文 安田博勇)
識者プロフィール
松田馨(まつだ・かおる)
1980年広島県生まれ。2006年7月の滋賀県知事選挙以降、選挙プランナーとして地方選挙から国政選挙まで100を超える選挙に携わる。新聞や週刊誌上において国政選挙(衆議院・参議院)の全議席当落予想を担当するなど、過去の選挙データと独自の世論調査を組み合わせた当落予想には定評がある。ネット選挙運動解禁に向けたキャンペーン「One Voice Campaign」の発起人や、投票率向上、主権者教育にも取り組んでいる。著書『残念な政治家を選ばない技術 「選挙リテラシー」入門』(光文社新書)はAmazon「選挙」カテゴリー1位獲得。東京都の自治体情報を扱う専門誌『都政新報』にて「選挙プランナーの眼」を連載中。株式会社ダイアログ代表取締役。選挙ドットコム株式会社取締役CCO(最高コミュニケーション責任者)。
※この記事は2017/04/25にキャリアコンパスに掲載された記事を転載しています。
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