「燕尾服に高級車でお出迎え」はしない? 執事の仕事の実態とそのサービス哲学

燕尾服を着て、ご主人様が帰ってきたら背筋を正してお出迎え。食事の際にはワインや紅茶を注ぐ……。漫画やドラマの中で、執事はそんなふうに描かれています。しかし、実際の執事の仕事とはどのようなものなのでしょうか?

「燕尾服に高級車でお出迎え」はしない? 執事の仕事の実態とそのサービス哲学

私たちは普段の生活の中で、執事と呼ばれる職業の方と接する機会はありませんよね。そのため、フィクション作品の中のイメージしかない場合がほとんど。そこで今回は、日本で唯一執事サービスを提供する「日本バトラー&コンシェルジュ」代表の新井直之さんにインタビュー。実際の執事がどんなふうに働いているかを伺いました。そこから見えてきたのは、まさに究極のサービス業と呼ぶにふさわしい精神でした。

燕尾服は着ない? 想像以上に多岐にわたる執事の仕事内容

 


--執事というと、漫画や映画で描かれた姿をイメージする人が多いと思います。実際はどのように働いているのでしょうか?

新井直之さん(以下、新井):まず、「本当に燕尾服とか着てるんですか?」とはよく聞かれますね。実際の服装は一般的なスーツが多いのですが、場面によっても使い分けています。たとえば、お客様のご子息を幼稚園にお迎えに行く時。スーツに高級車で行ってしまうと、ご子息が悪意のある人物に誘拐のターゲットにされるリスクを負ってしまいますから、ポロシャツにジーパンで、車もごく一般的なもので迎えに行くようにしています。

あと一般的な仕事のイメージで多いのは、食事の際にワインを注いだり、お茶をいれたりというものでしょうか。そうしたものもありますが、実際はもっと多岐にわたる業務を行っています。

--具体的にはどんな仕事をしているのでしょう?

新井:大きく分けると3つの仕事があります。1つめは、お客様の車の運転やご自宅の清掃、身の回りの用意や食事の支度など。これは「家政管理」といって、ワインやお茶を注ぐのもこちらに含まれますね。

2つめは「資産管理」。お客様が持っている自宅や別荘、美術品を維持・管理します。たとえば庭の手入れや自宅の修繕をしたり、お客様が来週から別荘に行くという時に、先に行って掃除しておいたりする仕事です。一般的なイメージだと自宅は一軒だけですが、お客様の中には世界50カ国に別荘を持っている方もいらっしゃるので……。維持するだけでもなかなか大変なんです。美術品も季節や来客によって入れ替えたり、場合によっては売却したりといった仕事があります。

そして3つめは、お客様のプライベートパートナーとしての仕事です。これは秘書に近いかもしれません。お客様のパートナーとして、お客様自身やそのご子息など、2代、3代にわたって良い人生を歩めるようにサポートするものですね。たとえば次期社長になる若い方に、年配の執事がビジネスマナーや経営者の心得を教えたり、受験をされるお子様のために専門家を連れてきて、一緒に勉強したり、塾の手配をしたりします。また、有名私立幼稚園や有名私立小学校は、勉強だけでなく、そのご両親もさまざまな対策が必要になりますので、そのアドバイスやお手伝いをさせていただくこともあります。

最高のサービスより、最適なサービスで人は喜ぶ


--本当にお客様に対しての幅広い業務をこなしているのですね。新井さんがこの事業を立ち上げたきっかけはなんだったのでしょうか?

新井:私はもともとサービス業に従事していた人間ではなく、IT関係の営業をしていたんです。その時に売っていた商材は何十億円もする製品だったので、業界トップの役員の方に向けて営業する機会が何度もありました。そういう方の接待は普通のお店で行うのではなく、会社がスポンサーをしている大リーグチームでプライベートパーティを開催したり、移動もプライベートジェットをチャーターしたりするんですね。そのセッティングをする中で、実はこうした仕事はビジネスのきっかけになるんじゃないかと思ったのが一つです。

大きな会社の役員の方って、3年に一度くらいの比較的短いスパンで異動になってしまうことがあるんです。せっかく深いつながりを築いたのに、数年で関係が終わってしまうのはさみしい。そこで特定のお客様と一生、あるいは2世代、3世代にわたって付き合える仕事はないかと考えるようになりました。

またこうした経験から、高級ホテルではどこも最高のサービスを目指しているけれど、それが必ず万人を喜ばせられるわけではないんじゃないか、と感じたこともきっかけの一つです。人が喜ぶのは最高のサービスではなくて、その人のためだけに入念にプランニングされた最適なサービス。そんなサービスを人に提供したいと思いました。

この3つを満たせる職業はなんだろう?と考えた時、執事の仕事にたどり着きました。そうしてはじめたのがこの会社ですね。

「ここから見える木を全部切ってくれ!」無理難題の解決法は……

 


--執事のやりがいはどんなところにありますか?

新井:承認欲求が満たされやすいことですかね(笑)。お客様と常に共に過ごすので、良い仕事をすればそのお客様が喜んでくださるのが目に見える。自分のあらゆる仕事の成果を目の前で見ることができて、お客様から直接感謝される仕事ってなかなか多くはありませんから。努力の結果がわかりやすく、人から感謝されるというのが一番だと思います。

あとは自分の仕事が世代を超えて続いていくことでしょうか。先ほど幼稚園や小学校受験の話をしましたが、こうした幼稚園や小学校に入るためには、親がその園や学校の出身だということがもっとも強味なんです。つまり、一度つながりを作ることができれば、その後も代々続いていくことになります。お客様の資産管理も、うまく運用すればその資産で代々暮らしていくことができる。成果が一族の一生を左右することもあるという点ではプレッシャーもありますが、達成した時のやりがいは非常に大きいです。

--責任が大きい半面、それだけ深くお客様と関わる仕事なんですね。仕事をする際に意識していることはありますか?

新井:お客様の本当のニーズをつかむことでしょうか。人って要求を断片的にしか言わないので、言われたことをやるだけではなく、その本質をとらえることが重要なんです。

以前、海辺の別荘を持っているお客様に「ここから見える木を全部切ってくれ」と言われたことがありました。

--さすがというか、スケール感の大きい依頼ですね……。

新井:私たちもさすがに無理だろうと思いました。それでも一応所有者を調べたら、市が土地の多くを所有していることがわかり、問い合わせてみたんです。そうしたら、この木は海辺の防砂林としても機能しているので、切ることはできないと言われました。それならば、土地を買うことはできますか?と聞いたのですが、それもできませんでした。

打つ手がなくなってしまったのですが、お客様に「できません」と伝える前に、なぜ木を切ってほしいかを聞いてみたんです。すると「山間部で暮らしている母親が訪ねてきた時に、別荘から一面の海を見せてやりたいんだ」という答えが返ってきました。つまり、本当の目的は木を切ることではなくて海を見ることだったんですね。

結局、別荘の上階の増築を提案することでこの問題は解決できました。お客様の要望を100%かなえる、が一番ですが本当のニーズをつかめば「できない」と言う前に、他の案やもっと良い案が浮かぶこともあります。その大切さを認識させられた事案でした。相手の本当のニーズをつかむことは、執事の仕事に限らず、ビジネスパーソンにも求められるスキルかもしれませんね。

言われたことの「その先」を理解することが大事


--たしかに、ビジネスの場でも言われたことをただこなす人より、真意を読み取れる人が重宝されます。それにしても、かなり難しい依頼をされることもあるのですね。

新井:「明日の朝までに10円のフーセンガムを1000個用意してほしい」という依頼もありましたよ(笑)。それは私たちのスタッフだけでなく、関係者にも協力してもらうことで達成できました。困った時に助けてもらえるように、日頃から業界問わずいろいろな関係を築いておくのもビジネスマンと似ているスキルかもしれません。

--中には達成できなかった依頼もあるのでしょうか?

新井:この仕事をはじめたばかりの頃、箱根でお客様の重要な接待ゴルフをセッティングしたことがありました。その日の天気予報は晴れだったのですが、山の天気は変わりやすく、途中でザーザー降りになりゴルフが中断になってしまったんです。お客様からは「どうしてくれるんだ!」と怒られました。

いくら執事でも、天気まで操ることはできません(笑)。言い訳しようとする私にお客様は、「手配をするのが君の仕事じゃない。どんな状況になってもこの接待を成功させるように手を打っておくのが君の仕事だろう」とおっしゃいました。目からウロコが落ちるような経験でしたね。言われたことだけをやるのではなくて、その先のゴールを自分で理解することが大切なんだと。

それ以来、「雨が降っても執事の責任」というのが我が社のサービス哲学の一つになっています。この経験から、大切な野外のイベントで万が一、雨が降ったとしても、クラブハウスや屋内でお客様が楽しんでいただけるように、バックアッププランを必ず用意しています。

サービス業で成功する秘訣とは


--お話を聞いて、執事の仕事は「究極のサービス業」と呼ぶのにふさわしい気がしました。最後に、サービス業に従事する若者へメッセージをお願いします。

新井:私はサービス業ほど人への理解が必要な職種はないと思っています。たとえば取引先の担当者と気が合わない、お客様が横柄な態度でうまくやりとりができない、ということがありますよね。でも、それは自分の対応力で解決できる問題でもあるんです。彼らが横柄なのではなく、自分が彼らを横柄にさせてしまっているという考え方です。

実際、私たちも、お客様にどうしてもご納得いただけない場合、他の執事が対応するとうまくいくことがよくあります。目の前で起こることはすべて自分の責任だから自分がコントロールするんだ、という意気込みでいることがサービス業で成功する秘訣だと思います。

サービス業は人に尽くす仕事。大変ですが、そのぶん返ってくる喜びもダイレクトで大きいものです。その喜びを大事にする気持ちを忘れずに、日々の仕事と向き合ってほしいと思います。


常ににこやかに質問に答え、最後にはサービス業で働く若者にメッセージをくれた新井さん。中にはスケールが大きく桁違いなエピソードも数々ありましたが、新井さんが執事の仕事を通して大切にしていることは、私たちの日々の仕事にも活かすことができそうです。

相手から言われたことをただやるのではなく、その言葉の奥にある本当のニーズを読むこと。「目の前で起きることは、全て自分が引き受ける!」という強い意気込みを持つこと。この2つを、明日からの仕事にも取り入れてみてはいかがでしょうか。相手のために全力を尽くし望みを達成してあげることができれば、あなたへの信頼につながります。そして自分のためにそこまで考えて行動してくれたんだ!という喜びを感じてもらうことができるはず。

そんな「執事の仕事観」に倣えば自分自身が成長できるだけでなく、きっと今以上に仕事へのやりがいを感じさせてくれることでしょう。

(取材・文:小沼理/編集:東京通信社)

識者プロフィール

 


日bバトラー&コンシェルジュ株式会社 代表取締役社長 新井直之(あらい・なおゆき)
大学卒業後、米国企業日本法人勤務を経て、日本バトラー&コンシェルジュ株式会社を設立。
フォーブス誌世界大富豪ランキングトップ10に入る大富豪、日本国内外の大富豪・超富裕層を顧客に持つ同社の代表を務める傍ら、企業向けに、接客サービス、富裕層ビジネス、顧客満足度向上に関する講演・研修、コンサルティング、アドバイザリー業務を行っている。
ドラマ版・映画版・舞台版『謎解きはディナーのあとで』(フジテレビ・東宝・バーニングプロダクション)、映画版『黒執事』(ワーナー・ブラザース)では執事監修、主演の櫻井翔さん、北川景子さん、水嶋ヒロさん、DAIGOさん、西山茉希さんの所作指導を担当。

※この記事は2018/03/23にキャリアコンパスに掲載された記事を転載しています。

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