アップテンポで効率UP! ビジネスパーソンが「仕事の前に音楽を聴く」べき理由

ここぞ!というときにモチベーションを上げて作業に没頭したい! そんな気持ちで音楽を聴きながら仕事に取り組むビジネスパーソンもいるのではないでしょうか。

アップテンポで効率UP! ビジネスパーソンが「仕事の前に音楽を聴く」べき理由

ここぞ!というときにモチベーションを上げて作業に没頭したい! そんな気持ちで音楽を聴きながら仕事に取り組むビジネスパーソンもいるのではないでしょうか。

しかし、実際に音楽と作業効率にはどんな関係性があるのか、気になるところ。普段は何気なく流している音楽に、脳を集中へと誘うパワーがあるとしたら、音楽の聴き方自体も変わってきますよね。

そこで脳と音楽の関係性についてお話を聞いたのが、理化学研究所・中村特別研究室所属の宮崎敦子先生。世界的にも珍しい「脳と音楽の関係」に関する研究に携わり、「脳に影響するのはメロディーではなくテンポで、速いテンポの音楽が脳を活性化させる」と結論付けて、注目を集めています。
※【宮崎敦子先生の「崎」は、正式にはたつさきの表記です】

テンポが脳に影響する仕組みや、脳の処理速度を高めるテンポ、さらには性格と音楽の関係などをさまざまな角度でひも解いていきましょう。

音楽専門の領域は脳には存在しない


2016年4月から理化学研究所で、脳と音楽の関係性の研究について精力的に取り組んでいる宮崎敦子先生ですが、その一方でDJとしてもDr.DJ ATSUKOの名義で活動しており、クラブ活動やラジオにも精力的に出演しています。まさに脳をフルパワーに使って音楽と向き合っている宮崎先生に、まず音楽は脳にどんな影響を与えているのか伺ってみました。

「一言で『音楽は脳に○○な影響を与えています』とは説明がしづらいものなんです。なぜなら、脳には音楽のためだけの部分は存在しないからです」


「言語」「運動」「記憶」など、それぞれの処理や対応をするため、その都度、私たちは脳の決まった部分を使っています。それらアクションに対応する脳の一部分に血流が集まり、fMRIというマシンで脳をスキャンすることによってその部分が活性化していることが視覚的にも分かるそうです。

しかし、音楽は「聴覚」「運動」「感情」「言語」など脳のあらゆる場所を一斉に活動させるので、「音楽のメロディーを聴いたときに活発になる脳の特定の部分」は分からないのだとか。例えばモーツァルトのある音楽を聴いた場合は特に「短期記憶」と「空間認知」に関する部分が活発になるといった具合に、実は個々の音楽や個人の好みによって脳のどの部分が活動的になるかは異なり、さらにその活動レベルも違ってくることが過去の研究から分かっているといいます。

テンポを知覚する専門の領域に着目


「音楽のメロディーを知覚する脳の部分」は特定できないものの、「テンポを知覚する部分」は存在するそうです。そこで、宮崎先生はメロディーとテンポを切り離して実験した結果、「脳の活動や行動に影響を与えるのは、メロディーよりもテンポである」ことが分かったといいます。

実験には、モーツァルトの『K.448』という曲を使います。

この曲を150BPM(1分間のテンポを150拍刻むこと)にしたもの、60BPMにしたもの、曲をなくしてメトロノームのように150BPMでテンポだけをとったもの、60BPMでテンポだけをとったもの、無音の5パターンを用意。それぞれを聴いた後に短期記憶課題を行い、その成績をみたそうです。

例えば「2、9、6、3、4、2、5」など提示された7種類の数字を覚えた後に、「1は入っていましたか?」という問いに答える実験。このときには「入っていなかった」と答えることができれば「ないものを”ない”」と判断できた=正答になります。

「ここでは、150BPMのメロディ有/無のテンポの速いものが、60BPMのメロディ有/無のテンポの遅いものより、『課題に正答する際の反応時間を早くする』という結果が出ました」

左下前頭回における脳活動の増減。上段は速いテンポを聴いた後、下段は遅いテンポを聴いた後に、短期記憶課題を行っているときの脳活動を示す。黄色く囲まれた部分が左下前頭回で、赤いところは活動の起こっている部分。テンポの速い方が遅い方よりも早く反応していることが分かる。



「この短期記憶課題をこなすためには、脳の『左下前頭回』の部分が重要な役割を果たします。この左下前頭回は、速いテンポの音楽やリズムを聴いたときにも活動する部分です。実験は、短期記憶課題の問題に正しく答えた場合に、記憶した情報を照合する活動である『想起』をしたときの左下前頭回の神経活動をMEG(脳磁図)を用いて計測しました。

その結果が上記の図です。150BPMの速いテンポを聴いた場合、左下前頭回で『想起』のピークが早いタイミングで発生していますよね。それはつまり短期記憶課題の反応時間を早くしたといえます。

つまりこの実験結果から、音楽を聴いた後に短期記憶課題で良い成績をもたらすために脳活動や行動を変化させるのは、メロディーではなく音楽のテンポによることが分かったのです」

脳に良い影響をもたらすのは「速いテンポ」


テンポで脳の活動や行動が変化するという驚きの事実。では、脳に好影響を与えるのは、具体的にどんなテンポなのでしょうか? また、仕事を効率的にこなすことができるテンポの音楽とは? 宮崎先生の実験結果から、読み解いていきましょう。

「結論から言えば、短期記憶に必要な脳の部位を活発にし、物事の処理速度を速くさせることができるのは速いテンポの音楽です」

先ほど述べたように、「短期記憶力」において大切な脳の場所と、テンポを知覚する脳の場所は同じであるため、実験によって音楽を聴いたことによる成績の変化を確認できたのだとか。その結果、テンポの速い音楽を聞いた後は「短期記憶力」の成績が改善され、その回答速度が上昇したそうです。

ごく短い期間で記憶を保持する能力である「短期記憶力」は、私たちが仕事をこなす上で必要不可欠なもの。その能力が向上すると記憶力が上がるだけでなく、覚えたことを必要なときに素早く引き出せるようになるので、仕事の中でも大いに生かしていけそうです。

DJでもある先生いわく、テクノやハウスミュージックは速いテンポのものが多く、ビートが分かりやすくてオススメだそう。中でもJOAQUIN “JOE” CLAUSSELLの音楽は、パーカッションが強くて気持ちがいいそうです。

しかし、遅いテンポの音楽が脳に悪いというわけではありません。予備実験では遅いテンポ効果と裏打のリズムの組み合わせで「読解力」の成績の向上がみられたそうです。資料を読んだり書いたりする仕事に取り組むときには、遅いテンポの音楽をウラノリで意識しながら聴いた後に作業を始めるのが効果的ということ。

作業前に集中して音楽を聴くと効果あり!


では、速いテンポが脳に良い影響を与えるためにはどれくらいの時間、音楽を聴けば良いのか、その効果の持続時間についても聞いてみました。

「人には誰でも音楽を聴く才能があって、聞こえてきた音に脳はすぐに反応し『音楽だ』と認識しはじめます。なので、音楽を聴いてすぐに音楽効果があるといえますね。先の実験ではBGMとしてではなく、音楽を30秒ほど集中して聴いてもらった後にテストを受けてもらっています。

持続時間に関しては今回の実験では検証しませんでしたが、音楽によって脳の『空間把握能力』を司る部分にどんな効果がみられるかという先行研究では、音楽の効果は10分ほど持続した、という結果がでました」

即効性も期待できる音楽の効能。作業するときや、脳をすっきりと活性化させて仕事に挑みたいときには、「ながら聴き」をするよりも、いったん音楽に集中して耳を傾けた後の方がテンポによる効果を受け取ることができそうです。電車やタクシーの移動中にも試してみてくださいね。

人見知りの人は、無音状態がいい?


ただし、作業効率への音楽効果は必ずしも全員には当てはまらないといいます。なぜなら、人の性格と音楽は密接に関係していて、音楽のテンポが行動や脳に与える影響は、その人の性格によっても異なってくるからです。宮崎先生によれば、外交的な傾向が強い性格の人は、アップテンポの音楽の恩恵を受けやすいそうです。

「先行研究で、社交的な人はアップテンポの音楽を聴きながらのテストで、読解力、短期記憶力の成績が上がり、無音状態ではそれらの成績は下がることが明らかになりました。逆に、人見知りするような内向的な性格の人がアップテンポの音楽を聴くと、それらの正答率が下がるという結果に。また神経質な人も、無音状態の方が成績がいいことも分かっています」

音楽がかかっていると集中できず作業効率が下がる……という人もいるでしょう。一概には言えませんが、そんな方はどちらかといえば内向的な性格の傾向にあるのかもしれません。もしくは「人見知りだと思っていたけど、音楽があると集中できる!」という人は、もしかしたら本来は社交的な性格なのかも?

メロディーが秘めた可能性も


ここまでで、音楽のメロディーがテストの結果を左右することはなく、つまり脳の活動に影響しないことも分かりました。極端に言えば、メトロノームで速いテンポを作れば、脳の処理速度を上げる環境を作ることができてしまうのです。

とはいえ、宮崎先生自身は、メロディーが感覚的な面で脳を助ける働きをしているのかもしれないと考えているそう。

「今回の研究においてメインの効果ではなかったのですが、例えば、無音状態でジョギングするよりも、音楽を聴きながら走った方が『もうこんなに走ったんだ』という感覚を得やすいですよね? テンポが脳の活性化をもたらすのであれば、メロディーはそれをサポートしている可能性があるかもしれません」

左下前頭回における各条件での脳活動の増減



上の図表は、前述した実験のうち、メロディーも考慮に入れた場合の脳活動の変化を計測したものです。縦軸が脳活動量を表し、それが高いほど脳に負担がかかります。同じテンポの場合、メロディーがある場合とメロディーがない場合ではメロディーがあるほうが、脳活動のピーク値が小さいことが分かります。つまり、脳への負担を少なくしながらも、楽に課題をこなせていることが分かりました。つまりメロディーは脳活動のピーク値をなるべく抑えながら、負担なく課題がこなせるようにサポートしているということ。

将来的に、テンポとメロディーを組み合わせて、自分の脳の状態を好きなタイミングで最高のパフォーマンス状態にできる音楽が発明されるようになるかも‥!

音楽によるコミュニケーション能力の改善効果も期待


脳と音楽に関するさまざまなお話をしてくださった宮崎先生は、DJとして音楽を操りフロアの空気を作り出してきた経験が、今の研究の原点になっていると言います。

「DJ活動は脳にもとてもいいのです。ビートマッチング(ある曲のスピードをアップ/ダウンして次の曲のビートにマッチさせるテクニック)は0.06秒でもずれるとうまくいきません。そのため、非常に集中した世界に入り込むことができます。これが決まったときは、とても気持ちがいいですね」

このビートマッチングの発想で、ドラムを使ったコミュニケーションのプログラムの検証も始まっているのだとか。

「テンポを知覚する脳の場所と、コミュニケーションを司る脳の場所はかぶっています。ですからコミュニケーション能力が衰えてしまった人でも、テンポを刻むことで脳のその部分が活性化し、コミュニケーション機能が改善されることを期待しています」

誰かと一緒にドラムを叩くことは非言語コミュニケーションにつながります。例えば、人と意思疎通ができないほど重度の認知症を抱える患者さんでも、ドラムのテンポの中に身を置いているうちに、スティックを持ってトントンとドラムでテンポを刻み、合わせることができるそうです。しかも、ビートマッチングがそろうと気持ち良く感じるのでトレーニングを継続しやすいのだとか。

コミュニケーション能力の改善も期待される、テンポの効果。普段、いつもはなんとなく聞いている音楽ですが、テンポの取りやすい音楽を選んでその影響を目の前で体感してみても良いかもしれませんね。

音楽の持つ計り知れない可能性


今回紹介した宮崎先生の研究は、医学・科学分野の技術進歩により、脳の活動が視覚化されるようになったことで可能になったそうです。

モチベーションを上げてくれるだけでなく、わたしたちの脳にまで影響を与えている音楽の力は、ぜひ仕事にうまく取り入れていきたいもの。作業前に集中してアップテンポの音楽を聴けば、今までよりサクサクと業務がはかどるかもしれませんね!

普段わたしたちが発揮できていない秘めたる能力を、今後は音楽が自由自在に引き出してくれるようになったとしたら……?思わずそんなワクワクするような未来を期待したくなりますね。


(取材・文:東京通信社)

協力
特定国立研究開発法人 理化学研究所
イノベーション推進センター
中村特別研究室
※本文中の実験は東北大学加齢医学研究所川島研究室にて行われたものです。

識者プロフィール
宮崎敦子(みやざき・あつこ)
福島県福島市出身 1970年(昭和45年)生まれ
学歴・学位:東北大学大学院医学系研究科脳機能開発研究分野博士課程修了
医学博士
現職:特定国立研究開発法人 理化学研究所
イノベーション推進センター 中村特別研究室 特任研究員。

※この記事は2017/05/29にキャリアコンパスに掲載された記事を転載しています。

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