「なんだ、スライムか」。RPGを遊んだ際、冒険の始まりで遭遇したモンスターが、まんまるくて弾力がある小さなスライムだと安心する人は多いのではないだろうか。
何と言ってもスライムは、“雑魚モンスター”の代名詞として定着している。
しかし、スライムのルーツを辿っていくと、「巨体でドロドロとしている」「剣など物理攻撃が効かない」「毒をもっている」「体内に取り込まれたら窒息死する」といった本来は非常に危険なモンスターであったことが分かる。
そんなスライムが日本で“雑魚”モンスターとして定着するきっかけとなったのは、アクションロールプレイングゲームの草分け的存在『ドルアーガの塔』(1984年)だと言われている。
そこでアニメ!アニメ!では、同ゲームを手がけ、自らを「日本版スライムA級戦犯」と称するゲームクリエイターの遠藤雅伸氏にインタビューを実施。
なぜスライムは“雑魚”モンスターになったのか、さらにそんな“スライム”を題材としたTVアニメ『転生したらスライムだった件』で“最強”のスライムが描かれることに対しての考えを訊いた。
プロフィール
1959年2月23日、東京都渋谷区生まれ。1981年に当時のナムコに入社、『ゼビウス』や『ドルアーガの塔』など数々のヒット作を手がける。
1985年には自身で株式会社ゲームスタジオを設立し、『イシターの復活』『カイの冒険』『ザ・ブルークリスタルロッド』を制作。
現在は、東京工芸大学の芸術学部ゲーム学科の教授として後進の育成にも励む。
『転生したらスライムだった件』
10月1日(月)より
TOKYO MX、BS11、MBS他にて放送開始
ten-sura.com
■スライムのルーツとは
――遠藤さんはご自身を「日本版スライムA級戦犯」と称しており、「スライム=最弱」のきっかけを作った張本人だと思いますが、まずはその経緯をお聞きしたいです。
遠藤雅伸(以下、遠藤)
1981年に『ウィザードリィ』(※1)が発売されたんですが、冒険者がはじめに遭遇する雑魚キャラがスライムでした。そこで登場するスライムの印象が強かったので、『ドルアーガの塔』でそのイメージのスライムを登場させたんです。
『ウィザードリィ』以前にも、1974年発売のTRPG『ダンジョンズ&ドラゴンズ』でスライムは登場していたのですが、今のような弱いキャラではなく、手強いキャラとして描かれていました。
(※1) 1981年にアメリカでApple II用ソフトウェアとして発売されたコンピュータ・ロールプレイングゲーム。現在のコンピューターRPGの元祖とされており、日本では『ドラゴンクエスト』シリーズや『ファイナルファンタジー』シリーズなどに大きな影響を与えた。
(※2)1974年にアメリカで制作・販売されたテーブルトークRPG。世界で最初のロールプレイングゲームで、後のコンピューターRPGの原点になった。ファンタジー世界が舞台で、元祖とも言える様々なタイプのスライムについて詳細にまとめられている。ゲーム中のダンジョンに登場するスライムは非常に倒しにくく、トラップなどにも使われるやっかいな存在だった。
――『ドルアーガの塔』にスライムを登場させた1984年当時、日本においてスライムはどのような存在だったのでしょうか?
遠藤
そもそもほぼ知られていませんでしたし、子どもが遊ぶ缶に入ったおもちゃのイメージしかなかったと思います。
私も『ダンジョンズ&ドラゴンズ』に関する文献を海外から取り寄せて読んだ時にその存在を知り、その後『ウィザードリィ』をプレイして初めてスライムという存在にリアルで触れました。
――『ドルアーガの塔』におけるスライムのキャラ設定の際に、どんなことを意識しましたか?
遠藤
いかにもゲーム序盤に登場するようなシンプルなデザインでありつつ、柔らかくて可愛い存在にしようと思いました。
このシンプルなデザインは、アクションゲームを作るうえでは、工数的にも利点がありました。『ドルアーガの塔』は迷路が舞台なので、1体のモンスターにつき上下左右に向いた絵を描かないといけないため、メモリ容量を食ってしまう。
その点でもスライムは方向性の絵が要らないので容量を抑えられ、そのぶんアニメーションに凝れるなとも思いました。
――今では“弱い”というイメージが定着したスライムですが、それ以前、海外ゲームなどではどういう存在だったのでしょう?
遠藤
『ダンジョンズ&ドラゴンズ』やその関連文献では、スライムはすごく強い存在として登場しています。しかし、海外でも『ウィザードリィ』発売以降、「スライム=弱い」というイメージが定着してしまいました。
デザイン面でも違いがあり、日本のスライムはプルプルっとした半固形ですが、海外のスライムは不定形でダラダラと流れていくようなイメージです。
なので、従来のスライムは、ドロドロした存在なので、剣が効かないんです。でも、『ドルアーガの塔』では剣で倒せるようにしました。スパッと真っ二つになったスライムが描かれているポスターも作っちゃったぐらいです。
『ドルアーガの塔』のあとに『ドラゴンクエスト』が発売されますが、プレイしてみて「結局、スライム弱いままじゃないか!」と思いました(笑)。まぁそれもしょうがなく、『ドラゴンクエスト』シリーズを手がけた堀井雄二さんや中村光一さんといったクリエイターも『ウィザードリィ』を遊んでいましたからね。
――『ドルアーガの塔』に続く形で、後発のゲーム作品でもスライムは弱い存在として描かれていきました。
遠藤
それはもう、ゲームで言うところのデファクトスタンダード(事実上の標準)というものですね。
例えば、あるゲームが大ヒットしたら、それと同じようなゲームは、操作法も同じにしてしまったほうがいい。慣れ親しんだ操作法を変えてしまうと、プレイヤーは遊びづらく感じてしまうからです。
キャラクターにおいても同じことが言えるわけですね。
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■日本で弱いスライムが定着したのは「キャラクター性」が重視されたから
――日本におけるスライムをよりポピュラーにした存在として『ドラゴンクエスト』があり、作中では実に様々なタイプのスライムが登場します。それについてどう思っていますか?
遠藤
その辺は工数を減らしたかったのもあると思います。たとえば、オリジナルの「スライム」から、色を変えるだけで「スライムベス」、「メタルスライム」になります。
さらに形を変えると「バブルスライム」となり、色を変えると「はぐれメタル」になる。派生させてどんどんキャラを登場させることができるんです。
それに、同じ色だと同じ属性に見えますし、属性が世界観を広げる要素にもなるんですよ。例えば、メタル系は「逃げる」とか「経験値が多くもらえる」とか。作り手はパラメーターを設定するだけなのですが、そういったイメージすらも定着させることもできます。
――「スライム=弱い」というイメージを定着させてしまったことについて、率直にどう思われていますか?
遠藤
正直、「すまなかった」と思っていますよ(笑)。
ただ、スライム人気は圧倒的に『ドラゴンクエスト』のほうが上なので、キャラクターとしての弱いスライムを広く定着させたのはあちらでしょう。スライムに「面白い」とか「可愛い」といったキャラクター要素を加えたことは、まさに日本ならではのキャラクターづくりです。
日本のコンテンツでは「キャラクター」が重視されます。海外のドロドロっとしたイメージでスライムを表現したいクリエイターは少ないでしょうし、あのぷにぷにっとしたキャラクター性のあるスライムだからこそ、より人気が拡がったと感じています。
■日本におけるスライム第一人者として、今後のスライムに託すものは?
――そんな「スライム=最弱」というイメージを逆手に取った作品が『転生したらスライムだった件』です。捕食した相手の能力を手に入れる、人型に変形できるなど、“最強”のスライムが描かれていますが、日本におけるスライム第一人者としてどう見ました?
遠藤
私の印象としては、スライムのイメージを逆手に取ったというより、作者独自の世界観だと感じました。捕食したキャラクターの能力を手に入れるというのもファンタジーとしてはすごく分かりやすい。
――特徴的な点として、高い知能を持っていることもあげられますが、これまで様々なゲームに登場してきたスライムには知能があるのでしょうか?
遠藤
それはもう作り手の解釈次第ですね。『ドラゴンクエスト』だと仲間に出来ますから、スライムは高い知能を持っていると思います。
そういったクリエイターの想像力の豊かさによって、同じ題材でもいくらでも解釈できるし、受け取られ方も変わっていく。まさに日本文化の最大の特徴である多様性の表れですよね。
――日本のスライム像は、海外ではどう受け取られているのでしょうか?
遠藤
日本のスライムは、日本独自のものです。擬人化や女性化に見られるように、日本人は物をキャラクター化すること得意としていて、日本のスライムはかなりキャラクター化された存在です。
海外でも日本版スライムは「日本らしい多様性だよね」と受け入れられはしますが、やはりあちらのスライムのイメージはドロドロして毒があって剣で斬れない、中に取り込まれて窒息する……なんですよ。しっかり棲み分けされています。
――素朴な疑問ですが、数あるスライムキャラクターのなかでとくにお気に入りは何ですか?
遠藤
「メタルキング」です。『ドラゴンクエスト9』の隠しダンジョン「“まさゆきの地図”(正式名称:見えざる魔神の地図Lv87)」でいっぱい倒しました。
多くのプレイヤーがすれ違い通信でその地図を入手したくて当時の秋葉原のヨドバシカメラ前に集まったため、「ルイーダの酒場」と呼ばれた出来事も印象的でしたね。
――ありがとうございます。最後に、今後スライムという存在がキャラや文化としてどのように発展していってほしいと思いますか?
遠藤
私はスライムを自分のものだとは思っていませんし、他のクリエイターが今後どのように使っていくか気になるぐらいです。
使いやすい存在だけに、好きに料理してもらって、新しいスライム像をどんどん生み出してもらえると嬉しいです。
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