階段から転げ落ちたり、高いビルから飛び降りたり……と体を張った危険なアクションを華麗に行うスタントマン。
映画『るろうに剣心』、『バイハザード5 リトリビューション』など、国内映画にとどまらず、ハリウッドをはじめ海外映画でも活躍する、女性スタントマンの日野由佳さん。2015年に「第3回ジャパンアクションアワード・ベストスタントマン賞」を受賞し、第1回に続き2度目の受賞を果たした彼女に、スタントマンの仕事について教えていただきました。
アクションとは遠い世界にいた学生時代
-まず、スタントマンになったきっかけを聞かせてください。
日野:もともと体を動かすことが好きで、小学校で新体操を始め、大学では舞踊学科に進み、チアダンスをやっていました。大学卒業後に友人から誘われた中国武術の教室で、私の師匠であるアクション監督の大内貴仁さんと出会い、この世界に足を踏み入れることになりました。25歳のときでしたね。
-女性として、危険なスタントマンという仕事に抵抗はなかったですか?
日野:当時は、まさか自分がスタントマンの仕事をするなんて思ってもいなかったのですが、中国武術の教室でアクションの楽しさが分かってきて、「仕事になるならやっていきたいな……」と思ったんです。そんなとき、大内さんから「アクションの練習場を作るから来れば?」と声をかけてもらい、稽古をつけていただくことになりました。
スタントだけではない仕事内容
-スタントマンは具体的にどんな仕事をするのでしょうか。
日野:声優さんと同じで「吹き替え」と呼ぶのですが、俳優さんの代わりに階段から転げ落ちたり、カーアクションや格闘シーンなどの現場で裏方として出演することはもちろん、俳優さんに殺陣など、アクションシーンの立ち回りの稽古をつける仕事もあります。撮影前にビデオコンテを制作する際にも、そこで俳優さんの代わりにアクションシーンを演じることがあります。
私は、そういった現場仕事以外に、ゲーム制作会社などでモーションキャプチャー(人の動きをデジタル化するシステム)の仕事をすることがあり、スタントとの仕事の割合は半々くらいですね。
-最初のスタントマンとしてのお仕事は?
日野:大内さんの紹介で映画『ペルソナ』の主役のスタントとして参加をさせていただきました。主役の方が新体操をしていた方だったので、その技を生かしたアクションを作る、ということになり、もともと新体操をしていた私に声がかかったんです。
-今まで危険な現場はありましたか?
日野:香港映画の『スペシャルID 特殊身分』の撮影で中国に行ったとき、生まれて初めて車に飛び乗るカーアクションに挑戦したのですが、得意の殴る・蹴る・投げられるというアクションとは違いますし、さすがにちょっと怖かったですね。別の現場ではリハーサル中に脱臼したこともありましたが、基本的にどの現場も楽しいです。
-体が資本だと思いますが、仕事で気をつけていることはありますか?
日野:日々、ストレッチをしたり、危険だと思ったら無理をしないなど、けがを防ぐように心がけてます。海外と違い、日本ではそういったけがの保険はないので。危険な場合はプロテクターを付けて挑むこともありますので、今まで撮影中に大きなけがをしたことはありません。
スタントマンになるために必要なステップは?
-スタントマンになるには、一般的にどのようなステップを踏めばよいのですか?
日野:「ジャパンアクションエンタープライズ」や「倉田アクションクラブ」などの養成所に入って学びながら、オーディションに応募したり、声をかけてもらってデビューする方が多いような気がします。スタントに興味がある人は、アクションチームによってアクションスタイルが違うので、自分がどんなアクションが好きかによって、どこのチームの練習に参加してみるか決めるのもいいと思います。
ちなみに、スタントマンの世界は男性が圧倒的に多く、女性は少ないです。男性は、アクションシーンで敵役として参加することが多いですね。たとえば、戦隊モノの撮影をする際、多い現場では敵役の男性スタントマンを30?50人ほど集めますが、女性の敵役はあまりいなくて。あったとしても多い現場で4?5人程度でしょうか。そのため、私がほかの女性スタントマンと顔を合わせる機会はほとんどないです。
-スタントマンになるには、どんな資質が必要でしょうか?
運動神経が良いに越したことはないと思いますが、一番大切なのはやりたいという“気持ち”ですね。その仕事を自分が本当にやりたいかどうかの熱量です。やりたいと思ってもオファーがなければ、すぐにできる仕事ではないので、諦めない気持ちが大切ですね。形には見えないところでも、経験や実力は積み上がっているはずなので。
あとは、どんな仕事にも当てはまることだと思いますが“勘がいいこと”も必要ではないでしょうか。言われたことに対して自分できちんと理解したうえで、うまく立ち回れることも大事だと思います。
1回100万円の現場も……
-気になるスタントマンの報酬形態と、その額の相場はどんなものでしょうか。
日野:現場によって予算も違うので、たとえば「“階段落ち”をしたらいくら」などの相場はありません。私はフリーでスタントマンをしているのですが、「1つの現場をこなしたらいくら」という仕事がほとんどですね。現場単位で、それが数時間の場合もあれば、1日、1週間、1カ月という場合もあります。
私がお受けした仕事の中で、一番安かった報酬は、駆け出しのころで1件、1万3000円の仕事でした。高い報酬だと、1日で10万円。海外だと1週間で30万円という案件もあるそうです。私はやっていませんが、昔、ハリウッド映画の撮影で馬絡みの危険なスタントがあり、その報酬は「1回100万円」という話は聞いたことがありますね。
「良い作品を作り上げる」というやりがい
-20代のころは、仕事に対してどんな気持ちで向き合っていましたか?
日野:20代のころは、仕事に対しての気持ちは雑だったかもしれません。「結婚したらやめよう」「子どもを生んだらやめよう」「いつやめてもいいや」と思っていたんです。
でも海外の撮影から日本に帰ってきたとき、アクション監督の方々から「待っていたよ」って言われる機会が何度かあって、気持ちがだんだんと変わっていきました。今は結婚しても続けていますし、体が動いて、かつ監督から求められている間はずっとやり続けたいと思っています。
-最後に、スタントマンの「やりがい」を教えてください。
日野:やはり、良い作品を作る現場に携われることですね。現場の監督、スタッフさん、俳優さんも「良い作品を作る」という共通の目標があるので、やりがいがあります。それが映像という形になったときは疲れも吹っ飛びますよ! そのおかげで、私はこの仕事ではストレスフリーです。
まとめ
映画やドラマなど華々しい舞台で、自分の顔は一切出さず、あくまで誰かの“影武者”を演じるスタントマン。女性は特に少ないそうなので、これからも活躍する場所がたくさんありそうです。35歳の現在も世界を舞台に活躍する日野さんの挑戦はまだまだ続きます。
仕事の概要
■職業名:スタントマン
■仕事内容:俳優の代わりにアクションシーン出演、俳優へのアクション指導、モーションキャプチャーなど
■求められる要素:アクション演技、現場指示への対応力
■こんな人に向いている:運動が好きな人、気持ちのある人
識者プロフィール
日野由佳(ひの・ゆか) スタントウーマン。スタントチームA-TRIBE所属。第一回、第三回アクションアワードにてベストスタントマンに選出される。『るろうに剣心』、『図書館戦争』、『ガンツ』など、多くの作品でメーンキャストのスタントを担当。国内だけではなく、中国作品『スペシャルID 特殊身分』、ハリウッド作品『バイオハザードV』などに参加。また、モーションアクターとして『メタルギアソリッドV』、『無双』シリーズ、『鉄拳』シリーズ、『モンスターハンター』シリーズなどにも参加。ゲームやCG映画などに登場する、CGキャラクターの動きのモデルとしても活躍している。
※この記事は2016/06/28にキャリアコンパスに掲載された記事を転載しています。
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