東京都世田谷区。東急田園都市線の池尻大橋駅と三軒茶屋駅のちょうど中間に「三宿」というエリアがあります。評判の高いお店が点在し、閑静な住宅街と大きな公園。その一角にある、人気を集めるコーヒー専門店、それがNOZY COFFEE(ノージーコーヒー)です。
最近では、新宿の伊勢丹に期間限定で出店したり、坂本龍一さんが主宰するレーベルの音楽イベントにコーヒーを提供したりと、多くの注目を集めるコーヒー専門店なのです。
NOZY COFFEEを立ち上げたのは、1987年7月生まれの能城政隆さん。若干28歳ながらも三宿、渋谷、木更津の3店舗、そして20名のスタッフをまとめています。
実は、そんな能城さんは元々、体育会系出身。コーヒーとは全く関係ない「野球漬け」の毎日を送っていたそう。そんな元・野球少年が、ある挫折と劣等感をキッカケに、コーヒーに出会い、遂にはコーヒー専門店を開業するまでに。その足跡をたどります。
1987年7月生まれ。千葉県出身。大学在学中に、キャンパス近くの湘南台駅前に「のーじー珈琲」を期間限定でオープンさせる。就職活動はするも、最終的に起業を決意し、2010年に三宿にコーヒー豆屋「NOZY COFFEE」を開店。以後、渋谷と木更津にも系列店をオープンさせています。
「プロ野球選手」を目指す、巨人好きの野球少年だった
―まず、学生時代のお話を聞かせてください。野球漬けの日々だったと聞いています。
能城:母親が、巨人の熱烈なファンだったもので。その影響か、子ども心に「巨人って、カッコいいなあ」と思っていたんです。小・中学校時代はピッチャー、高校からは外野にコンバートしました。子どもの頃は、どんな仕事があるかも分からず、ただ純粋にプロ野球選手になろうと思っていたんです。高校は地元、千葉県木更津の公立高校に進学。もちろん、野球部に入部して小学生の頃から夢見ていた「甲子園」を目指していました。
―甲子園!行くことはできたんですか?
能城:高校3年の夏、最後の千葉県大会。結果的に、初戦で敗退しました(笑)。小学校から9年間、渇望していた「甲子園」という舞台は、夢に終わってしまったのです。…とても悔しかった。ただ、自分でも意外だったのですが、一方で「解放感」もあったんです。
―解放感というと?
能城:いつの間にか、野球をやること自体が義務に感じていたのかもしれません。特に高校時代は、野球を心から楽しめていなかったんでしょうね…。最後の大会が終わった高校3年の夏からは、今まで野球に充てていた時間を勉強に費やし、無事に大学入学を果たしました。入学したのは、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)。でも実は、入学したはいいものの、居心地は決して良くなかったんです。
―なぜですか?
能城:周りの学生たちは、明確な目標やビジョンを持っていた。けど僕は、「大学で何かをやりたい」という確固たるものが無かった。劣等感の塊でしたね。入学して、いろんな人と出会いましたが、自己紹介をしても「野球をやっていました」くらいしか言えることがなかったんです。それでも1年生の時は、競技ダンスサークルに入部して真剣に取り組みましたが、野球ほど熱くはなれなかった。
夢中になれるものを探し、人生を変えるきっかけをつかむ
能城:何か、熱くなれるものを見つけたい。大学2年の春にふと立ち寄った渋谷の本屋でたまたま手にしたのが雑誌「BRUTUS」のコーヒー特集。なんとなく興味をひかれて買い、毎晩読んでいました。もともとコーヒーという文化そのものに対して「カッコいいな」と感じていたのですが、雑誌を読むとコーヒーは世界各地に産地があり、グローバルな飲み物で奥深い文化があることが分かってきたんです。次第に、コーヒーという業界で、革命を起こしてみたい。そうした気持ちが沸々とわいてきました。野球に対する熱さ以上のものを感じていたんです。
―それから、具体的にどんな行動を起こしたんですか?
能城:それから2カ月後には、表参道のスターバックスでアルバイトを始めました。一方で、コーヒーのことをもっと勉強するために、大学3年生の時に、エチオピアに訪れました。「コーヒー発祥の地」であるエチオピアを、生で見たいと思ったんです。経済的には決して豊かとはいえない国なので、貧困問題に関しても自分の目に焼き付けておきたかった。でも、そんな気持ちでエチオピアに行った自分は間違っていたんです。
―というと?
能城:子どもたちが自然の中で目を輝かせながら楽しそうに遊んでいる、そんな光景を目の当たりにしたんです。経済的な豊かさとは全く違う、心の豊かさがエチオピアにはあったんですね。滞在中は、毎朝お店でコーヒーを飲んでいたのですが、たまたま隣に座った現地のお客さんに、「ここのコーヒーはどうだ?旨いだろ?」って聞かれて。「おいしいです」って答えたら、自分事のようにこの上なく喜んでくれた。それがとても印象的でした。
消費者と生産者が「1対1」の関係になる、「シングルオリジンコーヒー」へのこだわり
能城:今、コーヒー業界では「ブレンド」が主流になっています。様々な産地のコーヒー豆がブレンドされるのではなく、私は産地そのもの味やテイストを届けたい。ブレンドは消費者と生産者が「1 対 多数」の関係。でも私は、「1 対 1」の関係で、コーヒーを届けたいんです。だからこそ、コーヒー豆の生産地域・生産処理方法が明確で、かつ一切ブレンドされていない「シングルオリジンコーヒー」にこだわっているんです。コーヒーの本当の価値を伝える手法は、やはり「シングルオリジンコーヒー」だと思います。
エチオピアから帰国し、大学4年生の時にはキャンパス近くに期間限定で「のーじー珈琲」をオープンさせた能城さん。就職活動はするものの、より多くの人にシングルオリジンコーヒーの魅力を伝え、コーヒー業界に変革をもたらすべく、起業を決意。3人のスタッフと共に、東京都世田谷区三宿に「NOZY COFFEE」をオープンさせました。現在は、三宿以外にも、渋谷と、能城さんの地元・木更津にも系列店をオープン。能城さんは、3店舗・20名のスタッフを抱える「経営者」としての顔を持っています。
―多くの人材とお会いし、仲間として迎え入れ、事業を広げてきたと思います。経営者として、「一緒に働きたい人」とは、どのような人物ですか?
能城:「シングルオリジン」というNOZY COFFEEのコンセプトに共感してもらうことが、まず第一。そして、「本当に良いものを作り、届ける」ということにこだわってくれる方。最後に、「雇われている」という感覚ではなく、主体的に行動できる方と一緒に働きたいですね。
―なるほど。一方で、いま自分がやりたいことが、わからない・ボンヤリしているという方には、どんなアドバイスを送りますか?
能城:自分が熱中できることを見つけてほしいですね。でも、それがわからなければ、まずは少しでも興味がある世界や仕事に飛び込んでみることじゃないでしょうか。きっかけは、何だっていいんです。僕も一冊の雑誌と出会ったことで、新しい未来が開けましたから。まずは動き出してみないと何も始まらないと思います。
(取材・執筆:眞田幸剛)
※この記事は2016/11/04にキャリアコンパスに掲載された記事を転載しています。
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