ITやクリエイティブ関連のベンチャー企業を中心に、拠点から離れた場所で仕事をする「サテライトオフィス」が増えてきています。
徳島県美波町は、そんなサテライトオフィスを推進している町の一つ。現在14社がサテライトオフィスを構えていますが、その第1号がIT企業・サイファー・テック株式会社です。
同社代表取締役を務める吉田基晴さんは、2013年、同社のサテライトオフィスを美波町に作るとともに、当地の地域活性プロデュースを担う株式会社あわえを設立しました。2拠点就労という新たなワークスタイルの魅力に迫ります。
すべては社員採用の課題から始まった
―2013年、徳島県美波町に株式会社あわえを設立されています。同社は地域活性プロデュースをテーマに活動されているそうですが、具体的な事業の構成を教えていただけますでしょうか。
例えば当社が地域の皆様に提供しているサービスの1つにクラウド型フォトストックサービス「GOEN」があります。これは当地で保管されていた大量の写真をデジタル化し、地図情報を付けてクラウド上にストックしていくというもの。地域の方々の記憶の伝承、住民同士の交流機会を生み出すために、当社が新たに創出したビジネスです。ほかにも産直レストラン「odori」のプロデュースなども行っています。
われわれのビジョンは「日本の地方を元気にする」こと。GOENやodoriといった事業創出のみならず、県・町からの委託を受け、企業・若者誘致のプランニングから実行・アフターフォローまで、さらには地方創生担当者や起業家の育成プログラムも運営しています。おかげさまで、毎年50~60名が減少し、過疎化の進んでいた美波町の社会人口も、2014年、たった6名ではありますが増加したんですよ。
―あわえは地域の課題を解決する、いわゆるパブリックベンチャーに該当すると思いますが、吉田さんは電子著作物保護システムの開発・販売等を行うサイファー・テック株式会社の経営者。もともとパブリックベンチャーという分野に関心があったのでしょうか?
いいえ、最初からあわえ設立を考えていたわけではないんです。
東京でサイファー・テックの経営をしていたなかで、私はいくつかの課題を感じていました。その最たるものが、社員採用がうまくいかないこと。サイファー・テックは暗号技術やセキュリティー技術のことが分かるエンジニアを求めていましたが、ベンチャー企業の知名度の低さからか、当時は思うように社員採用することがかなわなかったんです。
そこには若者たちに「ここで働きたい!」と思ってもらえる、会社の特長・魅力が必要でした。徳島県は高速インターネット網が整備された先駆的地域として知られていますし、美波町は私の故郷でもある。私自身、東京暮らしに物足りなさを感じていたなかで、美波町にサテライトオフィスを作ることは、若いエンジニアを採用するという点からも効果的ではないかと考えました。
「半X半IT」という生き方を提唱
―サイファー・テック内に作った、サテライトオフィスのコンセプトは?
われわれが提唱したのは「半X半IT」というワークスタイルです。Xに代入するものは人それぞれ。X=サーフィン、ハンティング、農業……と、独自のライフスタイルを築いてもらいます。ITを本業としながらも、都会では優先度を下げざるを得ない個人のXの部分を、無理なく両立をさせるワークスタイルを提唱し、エンジニアを採用していきました。
―なぜ今「半X半IT」が若者の目に魅力的に映ると考えたのでしょうか。
都会で働く現代の若者たちは、年配の大人たちに「稼げ、稼げ」と促されてきたわけです。すなわちそれは「稼げば幸せになれる」という価値観ですよね。そのような社会構造に疑問を感じている若者はたくさんいると思うのですが、そうした若者を指さし、「意識高い系」なんて呼んでいるのが今の社会の実態です。
それに対し、美波町で提唱したワークスタイルは、稼ぎは稼ぎであるものの、暮らしと遊び、そして「つとめ」―地域の祭りの運営に参加したり、消防団に加入したり―が日常に存在していて、かつ、それら3つが一体化しているという考え方。美波町は、もとよりお遍路さんを受け入れる素地がある町で、地域住民も基本的には遊び好き。先に「遊び」ありきで、遊びを通じて次に「つとめ」が出てくるというように、暮らし、遊び、つとめが混然一体としているから、移ってくる人にとっても入りやすいのだと思います。
田舎にはアントレプレナーシップがある!?
―吉田さんが感じた、美波町の人の魅力とは?
アントレプレナーシップ(起業家精神)ですね。そうした言葉って、都会だけにあるものだと思っていたけれど、美波町にもそういう方々がたくさんいました。
例えば、親の営んでいた造船業の跡取りの方は、新たに地元で釣具屋も始めました。その釣り具は海外の釣り師にも需要があるとネット通販も始め、その釣り具を試すために、自ら漁師もやり、釣った魚の一部は加工してブランド干物として販売しています。さらには造船に必要な防水の技術を生かし、防水業にも従事しているんです。
季節の変化に応じて閑散期が訪れても、複数の仕事を手がけて複数の収入源があるから、1つのビジネスに頓着する必要もありません。「1つの仕事にしがみつく必要なんてない」という価値観は、美波町の方々から学んだものです。
―これからの「半X半IT」、すなわち「2拠点就労」という生き方を考えると、「地域」にこそそのヒントがあるのかもしれませんね。
われわれの世代にも、海外留学やワーキングホリデーという仕組みがありました。それが今「地方」に移ってきているのは事実だと思います。地方就労にはまだまだハードルがありますが、徳島県神山町や島根県海士町など、成功事例も増えてきています。
成功した地域の仕組みさえ再現できれば、若者が就労したくなる地域がこれからどんどん増えていくのではないでしょうか。
まとめ
吉田さんがサテライトオフィスやあわえで提唱しているのは「1人で何役もこなすワークスタイル」でした。人口減少が加速度的に進んでいく日本において、複数の会社・組織が1人の人間をシェアする構造が大きな社会要請になってくるでしょう。その際に着目すべきが、いまだ多くのビジネスチャンスが眠っている「地方」なのかもしれません。そうした未来に向け、吉田さんは「実際に現場に出向き、人に会うことがとても大きな投資になる」と話します。
「ビジネス書を読んだりセミナーに参加したりするのもいいのですが、1泊でもいいから現場に足を運んでその地の空気を感じ、地元の人と話してみるのがとてもいい経験になるはずです。生き方に迷っているのならば、ぜひとも美波町にも足を運んでほしいですね」
きっとそこでは、都会では見つからない、未来のワークスタイルが発見できるはずです。
識者プロフィール
吉田基晴(よしだ・もとはる)
サイファー・テック株式会社代表取締役/株式会社あわえ代表取締役
1971年徳島県生まれ。1996年、神戸市外国語大学外国語学部国際関係学科卒業後、株式会社ジャストシステムに入社。2003年、サイファー・テック株式会社の設立に参画し、2005年には代表取締役に就任。2012年に徳島県美波町にサテライトオフィスを開設し、「半X半IT」のワークスタイルを提唱する。2013年サイファー・テックの本社を美波町に移転し、同年に株式会社あわえを設立。地域活性に関するプロデュース事業も展開する。2016年春からは家族とともに美波町に移住し暮らしている。
※この記事は2016/12/26にキャリアコンパスに掲載された記事を転載しています。
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