なぜ、毎日オフィスに来て働かなくてはいけないのでしょうか?
決められた時間に、決められた場所で仕事をしていたかつてとは異なり、いまはいつでも、どこでも働ける時代へと変わりつつあります。カルビーでは4月1日から、自宅に限らず、近所のカフェなど場所を問わずに勤務することができる、モバイルワークという働き方を開始。そのほかの企業でも社員がオフィス以外の場所で働くという選択肢が、徐々に広まりつつあります。
その時代の流れを映すかのように、共有オフィスであるコワーキングスペースが全国で誕生。その中の1つ、「co-ba(コーバ)」という会員制コワーキングスペースの運営を行っているのが、株式会社ツクルバです。ツクルバでは場の発明をコンセプトに、不動産、建築、テクノロジーの領域を横断した「場」のデザイン・プロデュースを幅広く手がけています。
co-baの事業展開や企業のオフィスデザイン、そして建物一棟をまるごとシェアオフィスにするような施設プロデュースなどを通じて、「働く場」に向かい合ってきたツクルバ。そんなツクルバの代表取締役CCO・中村真広(なかむら・まさひろ)さんに、オフィスの役割やオフィスデザインの重要性についてお話を伺いました。
「なぜ会社に来なくちゃいけないの?」に答えるためには「オフィスでしかできない体験」が必要だ
―Wi-Fiがあればどこでも仕事ができてしまういま。時間や場所に縛られず働くスタイルに憧れる若者も増え、モバイルワーク制度を導入する会社がフォーカスされる中、あらためて「オフィスの役割」とは何か、お話を伺えますか?
必ずしもオフィスを必要としない働き方が認知されてきたいまだからこそ、「オフィスでしかできない体験」をつくり出すことが求められています。チャットやグループウェアを使えば業務は円滑にまわるとしても、企業のアイデンティティを身体で感じることや、仕事仲間とのたわいのない雑談などは、実空間を共にすることで生まれる体験でしょう。企業のコンセプトや理念を反映させてオフィスをデザインすることができれば、メンバーの参加意識を高め、企業文化を醸成する足がかりにすることができると思っています。
―企業ビジョンの体現に成功しているオフィスとは、どのような場所のことなのでしょうか?
ツクルバにおいて空間プロデュース・デザインを担っている社内組織「tsukuruba design」で設計を担当したメルカリのオフィスでは、来客用のエントランスからオフィス・スペースまで続く「メルカリウォール」という大きな棚を設置しました。この棚のスペース一つひとつは、メルカリで取り引きされるようなアイテムを選定して展示したり、実際にCM撮影で使ったアイテムなどが展示されたりしています。まさにメルカリが手がける事業を視覚的に捉えられるので、社外へ向けたプレゼンテーションの仕掛けにもなりますし、社員にとっても事業の世界観を意識しながら仕事に向き合うきっかけになっているのではないでしょうか。
―会社の手がける事業の世界観が視覚的にも分かりやすければ、社員もやりがいを持って働けそうですね。ほかにはどのような仕掛けで企業のアイデンティティが目に見えるオフィスをつくっているのでしょう?
例えば、ツクルバのオフィスの一角にある、レコード盤が並んだコーナー。ツクルバの事業において情報空間のデザインを行っている「tsukuruba technology」では、新規のプロジェクトを立ち上げるごとに、レコード盤の名前をプロジェクトネームとしてつけています。プロジェクトを完了したら、そのレコード盤を購入してこのコーナーに並べていくんです。オフィスのインテリアに、これまでの歴史を重ねて表現するための工夫です。
企業の抱える課題に、オフィスデザインでアプローチする
―その企業のアイデンティティがうまく可視化されたオフィスをつくることができれば、そこにいるだけで「なぜ」「いま」その仕事をしているのかを確かめながら仕事ができそう。それは家やカフェでは果たせない、オフィスの役割のひとつですよね。
そうですね。
さらに企業のアイデンティティをオフィスデザインによって体現できれば、企業が抱えている課題の解決にも効果的だったりします。
―例えばどのような課題でしょう?
身近なもので言うと、採用の課題。少し変わりつつあるようには感じますが、大企業や老舗企業など、「安定したところへ帰属したい」という意識がまだ根強く残っています。大企業に比べてベンチャー企業は人材獲得が難しいといわれていますが、この採用の課題を解決しないと企業の成長につながっていきません。
そこで就職希望者と企業、両者の世界観がマッチするかを測るものさしとして、オフィスデザインを活用することができるでしょう。企業のアイデンティティを可視化して分かりやすく伝えられれば、就職希望者からすると安心できるし、彼らの「このオフィスで働いてみたい」という共感を引き出せる。目に見えるようにアイデンティティを示すことは、採用活動の観点でも重要なことなんです。
―単純に「きれいなオフィスで働きたい」という気持ちに訴えるだけではないということですね。入社後のギャップに悩むといったリスクも減らすことができそうです。
そして、オフィスの移転は「手狭になったから」という理由だけでなく、企業の変革期に行うことも多いんです。ですので、オフィスづくりのときに企業の未来の在りたい姿に関する話題が出ることもしばしば。
例えば、伝統あるタクシー会社である日本交通。そのタクシー事業におけるシステム開発・運用を担うJapan taxiでは、エンジニア採用を強化するという課題がオフィス移転の際にありました。エンジニアを呼びたければエンジニアが求める環境づくりをすればいいのですが、ただ現代的なオフィスにするだけでは意味がない。そこで、新しく迎え入れるエンジニアとこれまでのタクシー事業を支えてきた社員同士をオフィスのデザインでつなぐことを目指して、最終的にオフィスの中心に本物のタクシーを置くことに。
この仕掛けにより社内に「自分たちの中心にあるのはタクシー事業である」という重心が共有されることになり、新旧メンバーが一丸となってタクシー事業に向き合っていくんだ、という会社の未来に向けたオフィスづくりができました。
「コミュニケーションの言い訳」の仕掛けづくりは、実空間でこそできるもの
―日本人は、GoogleやFacebookなど、海外の働き方やオフィスに対して憧れを抱くことも多いと思います。単純に海外のオフィスのデザインと機能をそのまま持ってきたオフィスで働けば、満足のいく働き方ができるものでしょうか?
ただ「おしゃれ」なオフィスで働いているだけでは、働き方まで変わることはないでしょう。
パッと見たときに、最新鋭の設備や洗練されたデザインに目が行くのは自然なこと。でも一歩踏み込んで、社員の働き方を考えたら、単に海外のオフィスデザインの表層だけをコピーしても意味はなく、いままでお話したような、その企業特有のアイデンティティをオフィスに反映させることのほうが意義があるはず。事業の世界観を表現することもそうですし、社内のコミュニケーションの仕方に合わせた環境装置をつくることも重要です。
国や文化、企業の風土によって、オフィス内のコミュニケーションの仕方には違いがあります。その企業に合わせた、理想のコミュニケーションが取りやすいように工夫してあげることも、「働く場」をつくるときには大切にしています。
―コミュニケーションが取りやすくなる工夫にはどんなものがあるのでしょうか?
「コミュニケーションを取れる言い訳」をデザインしてあげることが大切だと思っています。
例えばメルカリでは、偶発的に「たまたま」コミュニケーションの取れるゾーン、確信的に「わざわざ」コミュニケーションを取るゾーンの2種類を意図してつくっています。出会い頭の立ち話や、ちょっとコーヒーを入れに行ったときに交わされる「たまたま」の会話でメンバーと親しくなれることがあるし、そこから突発的にビジネスにおけるアイデアが生まれることがある。一方で、明確な目的を持ってテーブルに集まり「わざわざ」話すシーンもあります。この2つがうまくかみ合うように「場」をデザインすれば、多様なコミュニケーションをつくり出せる。そう考えてデザインしていきました。
「自分の居場所」といえる場所があることが大切。その1つの選択肢としてのオフィス
―社員にとって、オフィスがあるからこそ受けられるメリットはありますか?
会社のメンバー一人ひとりが「その人らしく居られる場」としての役割もオフィスは担っています。家やカフェでも作業はできますが、「その人らしく居られる場」をみんなで共有しているというのは、チームで事をなす上で大きなモチベーションになり得るので。
―「自分らしく居られる」状態とは、どのような状態でしょうか?
自分の仕事観や人生のビジョンと、会社が大切にしている価値観やビジョンがリンクしていることですね。もちろん生活のために働くという側面もありますが、そこに加えて、心から共鳴できる仕事をしたいという意識が最近は高まっている気がしています。
極端な話ですが、いまの日本なら最低限の生活は保障されています。それをわざわざ大変な思いで就職・転職をして、自分に合う企業で働くことを選択するのは、心から共鳴できる会社で働きたい思いが根底にはあるはずなんです。特にその意識は若い人ほど強いように思います。
LIFULL HOME'S 総研のリサーチで、「自分のマンションに外国人が住むことを受け入れられるか?」を調査したものがあります。この事例では、「自分の居場所がある」と感じている人ほど、同じコミュニティーに外国人を受け入れられる傾向が高いそう。これは企業でも同じことが言えると思います。元からいる社員が自分自身の居場所があると認識していれば、新しく来る人を自然に受け入れられることができ、多様性が広がっていく。
―職場に「居場所」があると感じるための要素は一人ひとり異なるもの。多様性を受け入れられるオフィスをつくるためには、メンバー全員が関わっていく必要があるかもしれませんね。
多くの会社ではオフィスって「与えられる場所」というイメージですよね。自分のデスクの場所だって、会社からの指示で決まることが多いですから。
―では、社員全員がオフィスづくりに携わるためにはどのような工夫をすればよいでしょう?
オフィスに「余白」を残しておくといいと思います。例えば自分の私物を持っていって、置いておくことができるスペースをつくる。ツクルバが運営するコワーキングスペース「co-ba」では、co-ba libraryというシェアライブラリーがあって、会員さんは自分の本棚に好きな本を置くことができます。本を見ればその人がどんな人かがなんとなく分かるし、本をきっかけに会話も生まれる。ツクルバにもメンバーが自分の本を置けるスペースがあるんです。
そうやって、働く場所やオフィスを未完成のままにしておいて、あれこれ手を加えることで「場を自分たちのもの」にしていく。デザインだけではなく、ルール作りでも同じこと。例えば、疲れたら眠ってもいいというルールなどを社員全員が提案できるとか。自他を認め合って「自分はここにいてもいい」と思わせるオフィスがあれば、会社はもっとみんなのものになっていくはず。
「働き方改革」は「働き方の“意識”改革」だ!
―きれいなオフィスだからといって、仕事のやりがい自体が変わるわけではありませんよね。それでも「働き方」が変わりつつあるいま、どんなオフィスで働くのか考えるということは、そこでの働き方を考えることそのものなのだと感じました。
ワーク・ライフ・バランスとは言いますが、プライベートの時間が増えれば仕事のやりがいはなくてもいい、というわけではないですからね。「どのように生きるか」の中には「どのように働くか」も大いに含まれます。それを誰もが理解しているから、ビジョンマッチがベンチャーには求められるし、大企業でも仕事のやりがいをあらためて見いだそうという流れになっている。一番の理想って、自分自身の仕事への目的と働き方がマッチして、仕事そのものが楽しくなることではないでしょうか。
そうやって働き方の意識を変えるということが、「働き方改革」の本質になってほしいと思っています。
「働きたい場所」を選ぶことは、やりたい仕事を選ぶということにほかなりません。自分が働く目的は何なのか、それがかなえられる場所はどこなのか? 「働く場所」を見つめ直すことは、自分のキャリアをデザインする上でのひとつの目安となりそうです。
そしてオフィスを「働く場所」に選んだならば、今後はさらにもう一歩踏み込んで、オフィスを「自分たち色」に染め上げてみる。刻々と変化する仕事のスタイルに合わせて、継続的にオフィスを自分たちでデザインしていくことで“本当の働きやすさ”につながってくることでしょう。
あなたはいま、どんな場所で働きたいですか?
場所や時間に縛られない自由な働き方が選択できるいまこそ、この問いと向かい合ってみませんか。
<取材・文:東京通信社>
識者プロフィール
中村真広(なかむら・まさひろ)
株式会社ツクルバ 代表取締役CCO/エグゼクティブ・プロデューサー
1984年生まれ。東京工業大学大学院建築学専攻修了。不動産ディベロッパー、展示デザイン業界を経て、2011年、実空間と情報空間を横断した場づくりを実践する、場の発明カンパニー「株式会社ツクルバ」を共同創業。デザイン・ビジネス・テクノロジーを掛け合わせた場のデザインを行っている。2015年4月から、建築とその周辺産業の発展に寄与するべく、一般社団法人HEAD研究会の理事に就任。昭和女子大学非常勤講師。著書に『場のデザインを仕事にする』(学芸出版社/2017)。
http://tsukuruba.com
※この記事は2017/07/31にキャリアコンパスに掲載された記事を転載しています。
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