体験後、「また参加したい」と答える人が97%と驚異的な数字を誇り、老若男女かかわらずリピーターが多いダイアログは、トヨタや電通など大手企業で研修としても採用された実績を持っています。
“純度100%の暗闇”での体験が、なぜこんなにも心をつかむのでしょうか?
それをお伝えするには「体験しなくては分からない」と、実際に東京都・外苑前の会場を訪れました。今回はダイアログの体験の様子と、暗闇の中で参加者を導いてくれる「アテンド」と呼ばれるスタッフのインタビュー、両視点から見たダイアログの魅力をお届けします。
“純度100%の暗闇”の中で繰り広げる冒険
はじめにダイアログについて紹介しましょう。
ダイアログは、1988年にドイツの哲学者、アンドレアス・ハイネッケ博士によって考案されました。ハイネッケが視覚障がい者の同僚と接する中で、目の見える人と見えない人がお互いを認め合い、対等な立場で接するための仕組みをつくろうという思いからこのプログラムが生まれ、これまでに世界で800万もの人が体験しています。日本では、ハイネッケのダイアログに感銘を受けた志村真介さんが多くの苦労を重ねて、1999年より短期イベントとして初めて開催。2009年からは東京・外苑前で常設され、いつでも体験できるようになりました。
私たちは通常、「暗闇」に対して「不安」「恐怖」という感情を抱くもの。
そんな私たちを導いてくれるのは、「アテンド」と呼ばれる視覚障がいのある方です。
暗闇のプロフェッショナルの彼らの力によって、徐々に参加者たちの心は暗闇の中で解放されていく――。そんな障がい者と健常者の立場が逆転する、貴重な世界をつくり上げたことも注目を集めた理由です。
“純度100%”の暗闇の中、アテンドと初めて出会うメンバーたちと繰り広げる冒険の時間、私たちは一体何を見いだすことができるのでしょうか?
公園でブランコ、カフェでワイン! もちろん、真っ暗闇の中
会場に到着したら早々に受け付けを済ませ、スタッフから簡単に暗闇体験のレクチャーを受けます。
「暗闇を存分に楽しんでいただくため、荷物や光を発する機器はロッカーに預けていただきます。途中、暗闇カフェに立ち寄ります。実際にお金のやりとりもありますので、ポケットに1,000円ほど、落とさないように入れて準備をしておいてください」
暗闇の中にカフェ?? 膨らむ胸のワクワク感と、暗闇で本当にうまく食事ができるの…?という疑問を覚えたのも束の間、今回の参加者8人がそろい、いよいよ光の届かない“純度100%の暗闇”へと向かいます。
今回のアテンドは、アテンド歴約13年の「きのっぴぃ」。人懐っこい笑顔と、穏やかな優しい声が印象的です。明かりを少し落とした部屋の中で、暗闇で唯一「目の代わり」となってくれる白杖の説明を受けます。
説明の後は別の部屋に移動。そこでついにすべてのライトがゆっくり落とされ…8人は完全な暗闇に包まれます。
周囲の人も見えなくなり、誰かの声が聞こえないと一人ぼっちになったような感覚に。
目を開けても閉じても変わらない闇の中を、おずおずと一歩、踏み出します。
さあ「純度100%の暗闇」の中へ
少しずつ進むうちに、肌に感じるひんやりとした空気。次いで小川のせせらぎや小鳥の声も聞こえ、顔に草木の葉が当たります。まさに自然の中にいるような感覚に、本当にここはどこなの?と戸惑ってしまうほど。確認するには、真っ暗な中を散策してみるほかありません。
はじめは恐る恐る踏み出していた足も、いつの間にか好奇心が勝りタンッタンッと白杖で地面を探りながら、全員が暗闇の中をあちらこちらと歩き回るように。
「壁に当たった、本当に室内にいるんだ」「ブランコがある!公園なんじゃない?」
ここは暗闇、どこに何があるか、自分の手の届く範囲しか分かりません。互いの発見を伝え合い、少しずつ「いま自分たちがいる世界」の想像を膨らませていきます。初対面にもかかわらずこんなに気さくに声を掛け合うことって、普段はあるでしょうか?
みんなが楽しめるように、メンバー同士で「ここだよ」とブランコを譲り合います。相手の手をとって誘導するのは、視覚に頼れない真っ暗闇ならではの体験かもしれません。
初対面の距離を「背中合わせの対話」が飛び越える
次は移動して、「ダイアログ」の時間。
「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」の名前が示す通り、このイベントでは「ダイアログ」、つまり「対話」に主軸が置かれています。暗闇と、自分自身と、初めて出会ったメンバーたちと、密な対話を楽しむのがダイアログの真髄といえるでしょう。
きのっぴぃに促され、足元から芝生の柔らかさを感じる地面に座り、8人のうちの誰かと2人同士、背中合わせになって話をします。
今回お話した女性はこの日が3回目のダイアログ。毎度違う体験ができるので、何度来ても新しい発見があるのだとか。どんなときにダイアログに来たくなるのか聞いてみました。
「私は『一人になりたい』って思ったときにあえて来ます。仕事やプライベートで知らぬ間に気を遣いすぎて無理してしまったときに、一人になりたくなるんです。ここに来ると「人と過ごすのっていいな」「ありのままの自分でいるのは楽しいな」って心がリセットされて、また頑張ろうと思えるから」
ダイアログ・イン・ザ・ダークでは年齢もバックグラウンドも肩書きも、全て関係ありません。そのため、いつの間にかつくってしまう「自分と相手の距離」が限りなくゼロに近づくのでしょう。ここではいつもなら話すことをためらってしまう本音も、純粋で無垢(むく)な状態から話せるのではないでしょうか。
暗闇の中で飲むワインの色
対話の後は、いよいよ暗闇カフェへ。きのっぴぃと数名のスタッフが店員となって8人をもてなしてくれます。
真っ暗な中でおのおの飲み物やおつまみを注文し、現金でお支払い。メンバー同士の声かけやきのっぴぃの絶妙なアシストによって、カップを落としたりこぼしたりすることもなく、暗闇での食事を楽しみます。
ドリンクはポットのお茶からアルコールまで豊富にありますが、ワインの色は最後まで秘密。香りや味から当てようとするものの確信を持って答えることはできず、普段の食事でどれだけ風味や香りを味わっていないかを痛感することに。
視覚が閉ざされた状態、手に取る食事にぎこちない手つき。自分たちがいかに視覚に頼りきっているのか、またアテンドたちのたくましい能力に、やっと気付かされるのでした。
このほかにも、既存の遊びを暗闇の中でできるように工夫してゲームをしたり、横になりじっと感覚を研ぎ澄ませるなどのシーンを体験し、90分間の暗闇探検は終了。
光の元に帰ってきたメンバーの口からは、次々に「もう終わり?」と名残惜しそうな言葉がこぼれます。はじめに抱いた不安は何だったのかと思うくらい晴れやかな表情を見せ、気付いたらまるで旧知の仲のように気さくに感想を話し合っていました。
人の温もりを感じて安心したり、率先して声を出しコミュニケーションをとる。昨今ではなかなか感じることのできない、貴重な時間がギュッと濃縮されていました。
「できないかもしれない」を乗り越えて。「見えないこと」という個性が持つ価値
暗闇への慣れや、施された仕掛けによることはもちろんですが、参加者たちに安心をもたらす要素として最も重要なのはアテンドの存在。彼らの陽気な導きや与えてくれるヒントによって、徐々に参加者の不安は溶け出します。
では、アテンドの方は一体どのようにダイアログに関わっているのでしょう? アテンドでお世話になった「きのっぴぃ」こと木下路徳さんに、ダイアログのアテンドについてお話を伺いました。
「僕も初めはアテンドすることが不安だったんです」
木下さんは2004年に行われた短期開催時のスタッフ募集をきっかけに、アテンドとして参加。それ以来、約13年間も参加者たちを案内してきました。
「皆さんは最初、暗闇の中に入るときに『不安』になると思います。僕も初めはアテンドすることが不安だったんです。なぜなら、僕らにとって暗闇は日常のこと。そんな当たり前の世界を案内して、お客さんを喜ばせることができるだろうか? 暗闇の中、たくさんの参加者たちを1時間半も案内することが、本当に僕にできるだろうか?って」
初めてのアテンドで「うまくいくか分からないこと」への挑戦に不安を抱いた木下さん。いざやってみたときのお客さんの反応はどうだったのでしょう。
「それが、大喜びしてくれたんです。不思議でしたよ。例えば、水を触って『水だ!水だ!』と喜んでる(笑)。僕にとって当たり前の世界を案内したら、皆さんが『ありがとう!』と言ってくれる。それを経験したときに、自分だからこそできることがあるんだ、そしてそこに価値があるんだ。それならば、これからもやってみようと思えました」
半信半疑の気持ちから始めたアテンドの仕事。そこで、自分の持つ個性への価値に気付いた木下さん。アテンドの前は整骨院で働いていたそうですが、そこでは感じなかった経験ややりがいをダイアログはもたらしてくれました。アテンドをする上で大切にしていることはなんでしょうか?
「参加するお客さんは、体験中にいろんなことを感じ、いろんなことに気付くと思うんです。そうしたお客さんの意見や発想を聞くことで、新しい面白さや世界観に出合えるかもしれません。ですから、その可能性を消さないように心がけています。
以前、焚き火を参加者全員で囲んで、温まりながら話すというシチュエーションがあったんです。しかし、ある回のときに一人の参加者が『これ、煙突じゃない?』って。そうしたら全員が『そうだ!これは煙突だ!』って意見が一致して(笑)、本当は焚き火を想定していたのですが、『煙突』のままストーリーを進めることにしました。
『煙突』の正体が何なのか、その答えが重要ではない。それより、参加者の方が闇の中で世界を想像し、共有できた喜びを感じてもらえればいい。見えないからこそ、可能性は無限大なのだと。
いまもお客さんたちのアイデアを聞きながら、そのチームならではのオリジナルな世界を一緒につくることを大切にしています」
木下さんの自然で細やかな気遣いで成り立つ、ダイアログの世界。体験中も「こうしましょう」と言うのではなく、考えるためのヒントを少しずつくれていました。
「例えば暗闇で既存のゲームをする場合、視覚に頼らなくても成立するようにルールを工夫しなくちゃならない。だから全員で話し合って、とりあえずやってみる。そうして味わえるのが『自分たちで考えたらできた!』という達成感です」
暗闇だからという言い訳は通用しません。チームメンバーと成功体験を分かち合えるのも、今回感じたダイアログの魅力の一つ。そこへと導いてくれるアテンドのお仕事のやりがいとは?
「アテンドのやりがいも、皆さんの体験と似ているかもしれません。無理なんじゃないかと思いつつも、やってみる。そうしたら、できた。アテンドにはそんな発見があるんです。それを見つけたときには自然と『ありがとうございます!』という気持ちが湧いてきます。難しいこともありますが、得られるやりがいはその苦労に釣り合うどころかお釣りがくるほど。
ダイアログは、あくまでもエンターテインメント。完全に障がい者の立場を理解しようとしなくても、ダイアログを通じて何かに気付いてくれればそれでいいんです」
同じグループの参加者の一人は、木下さんの暗闇での振る舞いを通じて「個性的な能力で、私たちとは違う“ギフト”を与えられたのでは、と思うようになりました」と語ってくれました。こうした障がいのある方への貴重な気付きのきっかけとしても、ダイアログにこれからも期待をせずにはいられません。
「やってみたい、でも不安」はチャンス
「初めはダイアログが不安だった」と話してくれた木下さんですが、その不安と同時に「何かすごいことが始まるぞ!」という大きな期待も抱いたそう。
それはきっと私たちの日常にもあり得ることではないでしょうか。誰しも新しいことを始めるときには不安はつきもの。しかしそれを乗り越えた先に見つける達成感は、何ものにも代えがたい経験になります。普段では見逃しがちな発見を、暗闇の体験から得ることができました。
そこで得る「気付き」は人それぞれ違うもの。暗闇に飛び込んでこそ見える自分だけの発見は、きっとこれからのあなたの人生に何かをもたらしてくれるギフトとなることでしょう。
(取材・文:東京通信社)
取材協力
ダイアログ・イン・ザ・ダーク
完全に光を遮断した“純度100%の暗闇”の中で、さまざまな体験を通じ「五感」の気付きや「コミュニケーション」などを楽しむソーシャルエンターテインメント。1988年、ドイツの哲学博士アンドレアス・ハイネッケの発案によって生まれたダイアログ・イン・ザ・ダークは、これまで世界39カ国以上で開催され、800万人を超える人々が体験。何千人もの視覚障がい者のアテンド、ファシリテーターを雇用してきた。日本では1999年11月の初開催以降、現在は東京・外苑前の会場と、大阪「対話のある家」を中心に開催、これまで約19万人が体験している。2010年3月からは、チームビルディング、コミュニケーション促進など企業研修(ビジネスワークショップ)としても利用されており、これまで500社以上に導入され、日本唯一の暗闇研修として注目されている。
http://www.dialoginthedark.com/
※この記事は2017/05/24にキャリアコンパスに掲載された記事を転載しています。
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