大勢の人が一堂に会し、サイリウムを振りながら声援を送る――。アイドルのコンサートでしょうか? いいえ、これはアニメーション映画『KING OF PRISM by PrettyRhythm』通称キンプリという劇場作品の、上映中の光景です。
劇中で歌い踊るアニメキャラクターに声援を送ったり、会話をしたりしながら作品を楽しむこの上映スタイルは「応援上映」と呼ばれるもの。劇場で観客が声を出す上映スタイル自体は今まで他の作品でも取り入れられていましたが、キンプリでは「ある仕掛け」が施されており、そのおかげで「キンプリといえば応援上映」というほど話題を集めました。結果、1年半を超えるロングラン上映を達成したキンプリですが、公開当初はわずか3週間で打ち切りの可能性もあったといいます。
そんなキンプリの仕掛け人の一人が、エイベックス・ピクチャーズの西浩子さん。作品をロングヒットへと導いた西さんに、キンプリの逆転劇と、大ヒットをかなえた西さんの仕事のやりがいや取り組み方を伺いました。
理想と違う部署に戸惑った入社当時
西さんの肩書きは「制作」と呼ばれるもの。企画を立ち上げ、作品を脚本家や監督とともに作ったり、多くの人に届けるためにさまざまな企画を考えたり、その内容は多岐にわたりプロデューサーと呼ばれる立場の役割もこなされます。西さん本人は「プロデューサーのPはパシリのPと上司によく言われます」と笑いながら話しますが、アニメのすべてに携わる重要な役割を担った仕事です。
小さいころからアニメが好きで、「『美少女戦士セーラームーン』はアニメの放送が始まる時間の前からテレビの前で正座して待っていた」と言う西さん。そんなふうにたくさんの人が毎週、心待ちにしているアニメに関わりたいという気持ちで、この仕事を選んだと言います。
「入社して最初に配属されたのが、キンプリのスピンオフ元となる作品『プリティーリズム』の製作でした。プリティーリズムシリーズは土曜日の朝に放送されていた、小さな女の子が対象のアニメです。入社当時は女性向けのいわゆる深夜アニメに携わりたいと思っていたので、自分があまり詳しくない分野の配属となり最初は戸惑いました。
でも、実際にプリティーリズムのアニメを見てみるとすごく面白くて、大人でも泣いてしまうくらいぐっとくるシーンがたくさんある。こんな素晴らしい作品が、子ども向けだからという理由で全然知られていないのが悔しいと思うようになったんです」(西浩子さん、以下同じ)
企画が通るまで2年! 試行錯誤の日々を支えたものは
プリティーリズムは女の子たちが活躍するアニメ。このシリーズの第三作目『プリティーリズム・レインボーライブ』で、男の子のキャラクターが登場しました。彼らのキャラクター性が少し話題になったことが発端となり、西さんはキンプリの第一弾となる『KING OF PRISM by PrettyRhythm』の企画の実現に向けて走り出します。しかし、企画はなかなか通らなかったのだとか。
「ビジネス的に、続きを作って必ずヒットすると証明できるほど、プリティーリズムは大人のターゲット層に対して良いデータや数字を持っている作品ではありませんでした。黒字になる見込みを数字で示せないと、当たり前ですがなかなか企画は通りません。過去の実績から数字が出せないなら、この作品が持つ可能性を熱意で伝えるしかないと思ったので、とにかく作品の魅力や面白さを肌で感じてもらおうと何度も企画を会議に出しました。
キンプリやプリティーリズムには『プリズムショー』というライブシーンがあるのですが、その演出が変わっていてとても面白いんです。その演出を会議室で見せると、偉い人たちも笑ってくださって。あとは、SNSで続きを希望してくださっている声を資料にまとめて配ったり、キャラクターの誕生日にファンの方から頂いたスタンド花の写真を企画書に入れたりと、ファンの方の熱意を伝えることも忘れませんでした。
キンプリの前に公開していたプリティーリズムシリーズの作品では、劇場でお会いしたファンの方が『今日で36回目です!』とおっしゃっていたので、そのぐらい深く愛されている作品なんだなとあらためて実感して、1人あたり10回劇場に見に来てくださる計算で会議に出したり、試行錯誤している間もプリティーリズムのイベントは細々ながらも開催を続けていたので、イベントの来場者数や反応を記録・検証して、その数字を企画への肉付けに使ったりもしました。そうやって作品の魅力をアピールしていったのです。
その間にも社長がイベントに足を運んでくれて、『すごくにぎわっているね!』と言っていただいたりして。ファンの方々の熱気が徐々に伝わって、少しずつ社内から応援してもらえる雰囲気になっていった気がします」
企画がついに通ったのは、西さんがキンプリをやりたいと思ってから2年後のこと。それだけの長期間にわたってモチベーションを保ち続けられた理由はどこにあるのでしょうか。
「もともと負けず嫌いなので、『作品を見たら絶対にみんな面白いと言ってくれるはず!』『このまま終わるのは悔しい!』という気持ちがずっとあったからだと思います。諦めることはすごく簡単ですが、ここで諦めたら二度と彼らの動く姿をファンの皆さんにお見せすることができなくなると思うと、それだけは絶対に嫌だったので、諦めちゃダメだと何度も自分に言い聞かせていました。
それでも、モチベーションがなくなってしまうことは何回もあって、心が折れては考えての連続でしたね。会議が通らなかった時は、監督や他のスタッフの方々と落ち込みながら励まし合い、でもイベントでファンの皆さんが喜んでくださっている姿を見るたびに『やっぱりなんとしても企画を通したいね』と盛り上がる。その繰り返しでした。
諦めずに続けられた要因は、作品を作りたいというだけでなく、監督がすごく面白い作品を作る方なので、その存在を世に広めたい気持ちもありましたし、一緒に頑張る監督やスタッフの皆さんがいたことだと思います」
諦めずに取り組み続けることと、共に良いものを作ろうとする仕事仲間との信頼関係。その2つが西さんを支え、企画を実現に導いたといえそうです。
公開してすぐ打ち切りの危機に。その時起きた奇跡の大逆転
しかし、企画が通ってからも順風満帆というわけにはいきません。限られた予算の中では、宣伝に十分な費用をかけることができませんでした。
「劇場作品の宣伝って、大きな広告を出したり、CMをたくさん流したり、商品とコラボしたりするイメージなのですが、予算が限られているのでそういった派手なプロモーションはできなかったんです。その状況でも当時の宣伝担当の方は作品を広めるために、こまめに丁寧にTwitterで情報を発信してくださっていて。一見地味だと思われるかもしれませんが、アニメが好きな方とTwitterは親和性が高いので、非常に効果的でした。
また、施策の一つひとつを無駄にしないようにすることも心がけていて、たとえば前売券も、ただキャラクターが格好良く描かれているだけではなく、できるだけその絵が拡散されて、キンプリを知らない人が見ても話題になるようにインパクトのあるものを作ろうと決めました。そうして生まれたのが、神殿に服を着ていないキャラクターイラストが描かれている5枚綴りの前売券です。『服を着る・着ない』にはきちんと意味を込めているのですが、作品を知らない方にはただただ『インパクトのある絵』として広がっていき、結果的にこれも情報が拡散するきっかけになりました」
そうして2016年の1月、ついに作品が公開されます。しかし期待とは裏腹に、客足は伸びませんでした。
「その時はつらかったですね。鳴かず飛ばずとはこのことか、という感じでした。全国14館でのスタートだったのですが、2週目で打ち切りのところもあって、3週目では9館にまで減ってしまったんです。
でも一方で、見てくれた人が作品の感想をレポートして漫画やブログに綴ってくれて、少しずつ話題になっている雰囲気もありました。その結果、上映館数が減るのと興味を持ってくださった方が増えてきたのがちょうど3週目で重なって、劇場で満員が続出したんです。そこから先はあっという間でした。何が起きているのか、現実味のないまま規模が拡大していきました」
想定外の楽しみ方がヒットを呼んだ「応援上映」
作品を見た人が話題にしてくださったもののひとつに、「応援上映」という当時まだなじみが薄かった上映スタイルがあります。映画館で声を出すスタイル自体はキンプリが初めてではないものの、他の作品とは違う“ある仕掛け”が話題につながったのでは、と西さんは言います。
「監督のアイデアで、作品の冒頭にアフレコの字幕が入ったんです。男女のキャラクターが自転車に乗っていて、後ろの男の子が自転車をこいでいる女の子に『大丈夫?重くない?』と聞く。すると『うん、全然平気』という字幕が出て、それをお客さんに言ってもらうようにしました。
私たちは“プリズム☆アフレコ”と呼んでいるのですが、これを入れたことで、お客さんがキャラクターと『会話していいんだ』と直感的に理解してくださったのではないかと思います。そのあとは字幕が入っているわけではないのに、キャラクターが『ただいま』と言うと『おかえりー!!』と応えたり、自然に会話をするようになっていったんです。その返しが面白いと客席で笑いが起きて、上映中は楽しい空気に包まれて。
監督も応援上映がここまで盛り上がるのは想定外だったようです。今までの応援上映はライブシーンで合いの手を入れるぐらいだったので、『まさかここまで声をかけるとは』と驚いていました。また、応援上映は一期一会というか、その日その劇場にいた方々だから出来上がる応援になる。同じ本編でも、劇場やその場のお客さんによって毎回まったく違った感じになるんです。何度も足を運んでくださる方は、そこが楽しいとおっしゃってくれています。私たちが想像していなかった楽しみ方をお客さんがどんどん考えて作品を広めてくれる。キンプリはお客さんが育ててくださった作品だと思っています」
そうして1年半以上という異例のロングランヒットとなったキンプリですが、今年の6月には新作『KING OF PRISM ―PRIDE the HERO-』が公開されました。この作品でも、西さんはプロデューサーを担当しています。
「前作がご好評をいただいたので、今回は企画は簡単に通ると思っていたのですが、相変わらずなかなかOKが出なくて世の中って厳しいなと思いました(笑)。新作をお届けできること自体が奇跡だったので、ものすごくプレッシャーを感じていたわけではないのですが、作品を見たお客さんが『前回の方が面白かったね』と言って帰るようなものには絶対にしたくないとは思っていました。なので、制作中はこういう話で大丈夫かな、この曲で大丈夫かな、ととても心配でしたが、監督から届いた絵コンテを見て、これは大丈夫だと確信しました。
応援上映の仕掛けもパワーアップしています。前作は声を出す部分のみだったのですが、前作の上映中の様子を見ていると、お客さんは声だけでなくアクションもつけて楽しんでくださっているんですよね。キャラクターが杖を叩いているシーンでペンライトを振っていたり、教会のシーンではペンライトをクロスして十字架をつくっていたり。なので、今回監督はアクションも一緒に楽しめるよう、参加できるポイントを増やしています。
空から降ってくる爆弾をキャラクターがうちわであおぎ返すシーンがあるのですが、同じうちわをグッズで発売して、お客さんにも協力してもらうようにしたりとか……。何を言っているかよく分からないと思いますが(笑)、そういう方はぜひ劇場に足を運んでみてもらえればうれしいです!」
興味がないと思う仕事でも、楽しいところを見つけてみる
最後に、20代の働く若者にご自身の経験を踏まえてこんなメッセージをくれました。
「20代の時って、希望した部署に行けないことのほうが多いし、会社に勤めている以上、何歳になっても必ずしもやりたい仕事ができるわけではないと思うんです。私自身、もちろんアニメの仕事に携われるだけでうれしかったのですが、最初は女児向け作品の担当となり、予想外の仕事で戸惑いもありました。
でも、どんな仕事も真剣に向き合っていれば必ず『楽しい』『やりがいがある』と感じる瞬間があるはずなんです。その一つひとつを楽しみながら、誠意をもって精一杯働く。そうすると、いつの間にか興味のなかった仕事が好きになっていることもあるし、仕事での信頼も得られるようになる気がします。つい『やりたくない』ということに目が向いてしまいがちですが、楽しいことを意識していると、いつの間にか道が開けることもあると思いますよ」
打ち切り寸前だったキンプリを、異例の逆転ヒットに導いた西さん。「前作のヒットはいろんな要素が重なって生まれた奇跡的なもの」と謙虚に話していましたが、それもやはり、西さんのじっくり仕事と向き合う姿勢があってこそ。やりたくない仕事をただ我慢するのではなく、楽しいことのほうを意識してみようというポジティブなアドバイスからは、数字がなければ数字をつくる、予算がなければアイデアで勝負するという、発想の転換で状況を切り抜けてきた西さんらしさがうかがえます。
今やっている仕事が楽しいとは思えなくて、日々を悶々と過ごしている人もいるでしょう。そんな人はぜひ、自分の仕事の中で楽しいと思える部分を小さくてもいいので見つけてみてください。そこから、自分の未来につながる何かが見えてくるかもしれません。
(取材・文:小沼 理)
識者プロフィール
西 浩子(にし・ひろこ)
エイベックス・ピクチャーズ株式会社
アニメ制作グループ所属
作品情報
劇場版「KING OF PRISM-PRIDE the HERO-」
新宿バルト9他にて大ヒット上映中! 4DX(R)版も大ヒット上映中!
■スタッフ
監督:菱田正和、脚本:青葉 譲、CGディレクター:乙部善弘、キャラクター原案&デザイン:松浦麻衣、プリズムショー演出:京極尚彦、音楽:石塚玲依、音楽制作:エイベックス・ピクチャーズ、音響監督:長崎行男、音響制作:HALF H・P STUDIO、原作:タカラトミーアーツ/シンソフィア/エイベックス・ピクチャーズ/タツノコプロ、アニメーション制作:タツノコプロ、配給:エイベックス・ピクチャーズ、製作:キングオブプリズムPH製作委員会
■キャスト
神浜コウジ:柿原徹也、速水ヒロ:前野智昭、仁科カヅキ:増田俊樹、一条シン:寺島惇太、太刀花ユキノジョウ:斉藤壮馬、香賀美タイガ:畠中 祐、十王院カケル:八代 拓、鷹梁ミナト:五十嵐 雅、西園寺レオ:永塚拓馬、涼野ユウ:内田雄馬、法月 仁:三木眞一郎、如月ルヰ:蒼井翔太、大和アレクサンダー:武内駿輔、氷室 聖:関 俊彦、黒川 冷:森久保祥太郎、山田リョウ:浪川大輔
(C)T-ARTS/syn Sophia/エイベックス・ピクチャーズ/タツノコプロ/キングオブプリズムPH製作委員会
※この記事は2017/09/27にキャリアコンパスに掲載された記事を転載しています。
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