あ、週末に出そうと思っていたのに忘れちゃった。
家事の中でも、時間がかかって体力も使う「洗濯」をできるだけラクしたい。そう思っているビジネスパーソンも多くいることでしょう。
今回はそんな悩みを一掃しネットクリーニング店として全国で活躍する、“とある企業”にスポットをあてました。
ときには洗濯ハカセとして、ブログ「もっと洗濯をキレイに!洗濯と洗剤の新方程式」で日頃の洗濯に役立つ情報を発信している洗濯のプロフェッショナル、神崎健輔さん。
神崎さんは28歳のときに勤めていた会社を辞め、福岡から長崎県南島原市の実家が営むクリーニング店に戻ってきました。そして実家の事業を拡大すべく、家業を継いでいた弟さんたちとともに同市内で株式会社クラスタスを設立、宅配ネットクリーニングサービス「Nexcy」(ネクシー)を立ち上げます。
店舗だけでなく、ネット上で全国区の宅配クリーニングサービスを始めたきっかけは? 実家で家業を継ぎ、そして地方で働くことで見いだせたメリットとは?
場所に限られず全国で愛される店を目指す。その姿勢に迫りました。
切実な悩みから“宅配”のサービスが生まれた
―株式会社クラスタスが運営する宅配ネットクリーニングサービス「Nexcy」(ネクシー)の特徴について教えてください。
ネクシーはパソコンもしくはスマートフォンから誰でも宅配クリーニングを注文することができるサービスです。ユーザー登録しておけば、マイページから指定した日時に、宅配業者がご自宅に伺います。あとは箱に洗濯物を詰めて預けていただく、たったそれだけです。家から出る必要はありません。
一定金額の注文があれば送料は不要、ボタン外れやほつれといった可能なかぎりの修理、シミ抜き、毛玉取りといったサービスも無料で対応しています。
―主にどんな方が利用されているのでしょうか?
関東圏や大阪の方が多いですね。
宅配クリーニングの利用者属性は、自動車を保有しているかどうかに関わると思います。南島原のような田舎だと車は1人1台が当たり前。対して都会では駐車場の利用料は高く、交通インフラが整備されているので、車を保有していないご家庭も多い。車があればたくさんの洗濯物を預ける場合も簡単に持ち運べますし、買い物ついでに受け取りに行けるのですが、車がないとその手段がありません。
朝から晩まで忙しく働き、クリーニングに行ける時間もなかなかない、そういうビジネスパーソンの多く、また都会にいる人ほど、宅配クリーニングの需要が高いと推定されます。
―なるほど。確かに都心部には一人暮らしのビジネスパーソンは多いですよね。クリーニング出しに行かなくちゃと思っていても、終業後だと時間が遅いから閉店していたり、出せてもなかなか取りに行けなかったりします。ネット上だと近い場所にある必要はありませんしね。神崎さん自身はいつからこのお仕事を?
私の実家は有限会社白洋社というクリーニング店を営んでいます。曾祖父・神崎城八が昭和12年に個人店として創業しました。
現在は長崎県南島原市の本社工場のほか、南島原市、島原市、雲仙市に7つの支店を構えています。もともと白洋社の専務取締役を務める弟・光博が家業を継いでいく予定でしたが、会社を大きくしたい、工場を新しく建て替えたいといった相談を弟から受け、家業を手伝うことを決めました。
―その際に、迷いや不安はありませんでしたか?
当時勤めていた会社の仕事とクリーニング業である実家の仕事、そのときははかりにかけて考えましたね。一人目の子どもが生まれたタイミングでしたし。安定した将来の約束された平たんな会社か、不安定で将来の見通しはないかもしれないけど楽しい会社か……。
楽しい方がやりがいはある。自由に何でもチャレンジして前の会社より安定させることもできる。そう考えて比較的あっさりと会社を辞め、戻ることを決めました。
決めた段階でゼロからクリーニング師の国家資格を取るための勉強をし、資格を取得。そして退職する2カ月ほど前には、長崎に来ていた京都のシミ抜きの達人からシミ抜きを3日間みっちり習い、クリーニングの技術を磨きました。
クリーニング業に就いて、初めの3年間はほぼ毎日シミ抜きばかり。
―お店だけではなく、ネットで宅配のクリーニングサービスを始めることになったきっかけは?
クリーニングの実務を始めたときに「インターネットでもクリーニングの品物を集められればいいよね」と、弟たちとたわいもない冗談話をしたのが最初のきっかけです。
その後、弟の奥さんが妊娠・出産し、子どもを持つ主婦の立場から「宅配クリーニングがあったら便利なのに」という切実な声を聞き、「ネットクリーニング」実現に向けて本格的な検証や下調べを始めました。
「ガチでやってる!」が浸透してきた
―ネクシーの運営会社として、株式会社クラスタスは2014年9月に設立、オフィスは白洋社と同じ南島原市。神崎さん、弟の光博さん、そして光博さんの奥様である志織さんの3名で会社を切り盛りしています。
会社の設立から半年後(2015年3月)には、前出の宅配クリーニング「Nexcy(ネクシー)」をリリースしています。
―Webシステムの構築などは、神崎さんご自身でされているのだとか。
当初は宅配クリーニングのシステムを外部委託で制作しようと思っていたのですが、希望したサイトには特殊な仕様が必要で、制作費が1000万円を優に超える金額になることが分かりました。地方の企業なのに、そんな背伸びした金額は現実的ではありません。ならば自分でやるしかない。そこで、それまでいっさい触ったことのなかったwebプログラムを独学で勉強し、自ら制作し始めたんです。
ときを同じくして、企業誘致で南島原に来ていたホームページ制作会社・メディアリレーション株式会社の方と出会い、ともにシステム開発を本格スタート。その後は自分自身でシステム開発を継続しています。想定以上の宅配クリーニングサイトを構築できました。
―リリースから1年が経ちましたが、評判も上々だそうですね。
宅配クリーニングは競合がありますが、すべての宅配クリーニング業者の中でネクシーが一番キレイにできるという自信があります。常に技術を磨き、「とことんキレイに」を心がけ、全て手仕上げでお届けしていますから。
そんな「こいつらガチでキレイにしてくれる!」を体感し、徐々に周りへ浸透してきたため、全国から南島原向けに洗濯ものが次々と送られて来ているのだと思います。プロだからって、必ずしも東京である必要はないと思うんですよね。
実際に、ほかの宅配クリーニングを利用していたお客様がうちに満足して、そのままネクシーのリピーターになってくださることもよくあります。
定期的にサイトの更新をすることで検索エンジンからも認められ、「宅配クリーニング」を検索している方の目に留まりやすくしたり、ブログで情報を発信しメディアへも露出することで私を知ってご依頼いただいたり。手紙付きで依頼されるお客様も増えています。
―ただお店を構えるだけではなく、そういった地道な努力が実を結び結果につながっている。ネット上では都心だとか地方だとか、もはや場所は関係なく、いいサービスはどこにでも届き、全国のお客様に認められるのですね。
暮らしをもっとよくしよう、だからクラスタス
―クラスタスとしてこれからの展望は?
クラスタスという社名の由来は「暮らす+足す」。生活者の暮らしがもっと楽しくなるよう、ちょっとした便利を提案し、暮らしをもっと楽しいものへと変えていきたい――そんな思いを込めています。
「ソーシャルやネットの力で、現在の生活に関する苦境から抜け出す斬新な方法を編み出す/暮らしや生活が楽しく楽になるプラスをデザインする/世の中の全てのサービスを便利なコトへと提案し創りかえる」が当社の掲げるミッション。
今後としては、宅配ネットクリーニングサービスにとらわれず、洋服に関連するさまざまなサービスを提供していきたいですね。使わなくなった衣類をクリーニングに出してそのままオークションに出品できるような、うちのサービスとひも付けできるような取り組みも考えていきたいです。
―では、洗濯のプロとして心がけていることはありますか?
依頼をもらった以上は「必ず、この洋服をまた着てもらえるようにする」ということでしょうか。もしもクリーニングしたお洋服の汚れが落ちていなければ、もう着られないものとして分類されてしまうでしょうし、仕上がりが悪ければ恥ずかしくて着られないとお客様に思わせてしまう。
せっかく大事な一着をクリーニングに出してくれた、その思いを無駄にしないことが最低限のマナー。言葉にすればとても当たり前のことですが、その当たり前を確実にこなさなければいけないと思っています。
―当たり前のことが一番根底であり、大事なことだったりする――。この思いはどんな仕事にも当てはまるのではないでしょうか。
プログラマーとして感じる「地方で働くメリット・デメリット」
―最後に、南島原市という土地に戻って仕事をされているわけですが、そうした環境下で仕事をすることの魅力をどのようにお考えですか?
もともと私は、地元の商業高校を卒業した後、福岡にあるパソコン系の専門学校でコンピューターグラフィックを勉強し、専門学校を卒業してからは秋田県で就職しています。大手電子機器メーカーでコールセンターのオペレーター業務を務め、その後は福岡に転勤。そして南島原へ、と転々としてきました。
地方で働くことのメリットは「窮屈じゃない」ということ。私は白洋社の部長でもあり、クラスタスのCTOでもあり、そしてプログラマーでもあります。特にIT系のお仕事をされている方は、コミュニケーションをあまりとらず、毎日長い時間黙々とパソコンの画面だけ見ていて、精神的に疲れてしまっている人も多いと思うんです。プログラマーではありませんでしたが、私も会社に勤めていたころはそれに近いことがありました。
その点、南島原は海と山に囲まれ自然が豊かでゆったりした場所。生活しているだけで自分の悩みごとがちっぽけなように思えてくるんですよ。
―オン・オフがうまくできるというか、前向きな思考に変われる環境が地方にはあるのでしょうね。
ただ難点としては、技術者同士のつながりが圧倒的に少ないということ。ネット環境さえ整備されていればどこで仕事をするにも問題はなく、私も砂浜でコードを打っているときがあります。しかし何か困ったことがあって誰かに相談したいときに、近くに相談できる人がいない。ネットで調べるのにも限界があります。
そういったことを解決するためにも2016年10・11月に南島原市が開催した「いなかソンin南島原」に、「なぜ南島原の老舗クリーニング店がITベンチャーを目指すのか?」という題目でスピーカーとして登壇しながら、自らハッカソン(※)に参加しました。 技術者同士が話し合うことで、それまで散々頭を悩ませていた問題も簡単に解決できてしまう。定期的に開催してここが技術者に集まってもらえる町になっていくことにも、ひとりのプログラマーとして大きな期待を寄せています。
※ハッカソン:「ハック+マラソン」の造語。多様な人が集まって短期間で集中的に開発作業を行うイベントのこと
「場所を選ばず決めつけずに働く」ということ
洗濯のプロフェッショナルとして南島原を拠点に今や全国区で活躍している洗濯ハカセ、神崎さん。実家に戻って家業を継ぐことを決意してから洗濯とプログラミングの知識を身につけ、一見地味に見えるクリーニング屋さんを「便利でイケてる全国区のクリーニング屋さん」に変え、日々安心・キレイ・丁寧を届けています。
自分がやるべきことを明確にして足元から課題を解決していけば、地方でも都心でも、どこであっても自分が活躍できる環境をつくれる。そしてキャリアも自然と積まれていく。神崎さんの背中からはそんな言葉が聞こえてくるようでした。
(取材・文:安田博勇)
識者プロフィール
神崎健輔(かんざき・けんすけ)
株式会社クラスタス CTO、有限会社白洋社 部長
※この記事は2017/05/15にキャリアコンパスに掲載された記事を転載しています。
あなたの本当の年収がわかる!?
わずか3分であなたの適正年収を診断します