老舗酒屋を継いだ24代目(父)と25代目(息子)、『SAKELIFE』に受け継がれる『油忠』の伝統

室町時代から約500年続く、老舗酒屋『油忠』。40年間、歴史ある家業を守ってきた24代目の俊之さんと、『SAKELIFE』というWebサービスを立ち上げ、日本酒文化に新しい風を吹き込んでいる25代目の正典さん。

老舗酒屋を継いだ24代目(父)と25代目(息子)、『SAKELIFE』に受け継がれる『油忠』の伝統

室町時代から約500年続く、老舗酒屋『油忠』。40年間、歴史ある家業を守ってきた24代目の俊之さんと、『SAKELIFE』というWebサービスを立ち上げ、日本酒文化に新しい風を吹き込んでいる25代目の正典さん。

そんな2人に同じ質問を投げかけてみました。

オンラインで『油忠』の伝統を再現する25代目

 

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氏名:高橋正典(26)
業界:酒類販売(小売業)
役職:酒類責任者
居住地:千葉県香取市
略歴:1986年生まれ、千葉県出身。大学在学中は家業を継ぐつもりがなく、コンサルティング関連の企業を志望し、内定をもらっていたが、悩んだ末家業を継ぐことを決意。卒業後、家業を継ぐ前に「自分の好きなことを思いきりやりたい」と2年間アルバイトやバンド活動をしながら、経営について学び、実家へ戻る。現在は、 店頭での仕事をしながら、大学時代からの友人と共に日本酒の定期購入サイト『SAKELIFE』を運営している。

店頭で40年、『油忠』の伝統を守り続けた24代目

 

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氏名:高橋俊之(60)
業界:酒類販売(小売業)
役職:社長
居住地:千葉県香取市
略歴:1952年生まれ、千葉県出身。室町時代から続く老舗酒屋『油忠』の23代目の長男として生まれる。高校3年生のときに、企業から内定を獲得するも、23代目だった父の根回しによって、3日後に内定を取り消される。卒業後は身分を隠して、海上自衛隊に入隊。しかし、すぐに家を継がせるために父に呼び戻され、24代目として家業を継ぐこととなる。

Q1:家業を継ぐと決めた理由はなんですか?


正典(25代目):もともと継ぐつもりは一切なく、就職活動を進め内定ももらっていましたが、大学4年のときに実家を継ぐかどうかという話が挙がりました。両親は『油忠』という看板を残せば、酒屋ではなく、ほかの事業をしても構わないと言っていたのですが、あるとき知人に「家業を継ぐということは、世界でただ一人自分にしかできないこと」と言われ、そこで『油忠』の25代目として酒屋を継ぐことを決意しました。大学卒業後は、実家を継ぐ前に2年間自由な時間をもらい、東京でアルバイトや趣味のバンド活動を行いながら経営の学校で勉強をしていました。また、気になるセミナーに参加したり、興味のあることには積極的に参加をしていました。

俊之(24代目):学生のころは、自分のやりたい仕事をしたいと思ってて、家業は絶対に継がないと決めてました。高校3年生のときに就職活動を始め、内定をもらったんですが、なぜか3日後に内定取り消し通知がきました。調べてみたら、23代目だった父が家を継がせるために内定を取り消すように根回しをしていたんです。卒業後は身分を隠して海上自衛隊に入隊しましたが、そこも10日後に見つかってしまい、実家に呼び戻され24代目として家業を継ぐことになりました。家業を継ぐなら、自分の好きなやり方でやりたいと話し合ったところ、受け入れてもらったので、継ごうと決心しました。

Q2:幼い頃、親の仕事をどのように思っていましたか?


正典(25代目):私自身は自営業は嫌だと思っていました。両親は休みもほとんどなく働いていて、家族で出掛けることも少なかったですし、『油忠』というブランドが良くも悪くも自分につきまとっていました。自営業は収入面も不安定なところがあるので、将来は家業とは全く関係がない、普通のサラリーマンになりたいと思っていましたし、安定志向がとても強かったです。ただ、地元に何か貢献したいという思いがあり、いつか地元で働きたいと考えていました。

俊之(24代目):歴史ある家業の『油忠』ブランドにとても抵抗がありました。どこに行っても「油忠の息子」という目で見られていたので、自分はこの名前を背負って仕事をするのではなく、全く違う職業に就きたいと思ってました。23代目の父は仕事でも家庭でも大変厳しい人でした。しかし、常に「人とのつながり」をとても大切にする人だったので、とても尊敬してましたし、父の姿を見てたので24代目の私も父と仕事ぶりが似ているなぁと感じます。

Q3:お互いのことをどう思っていますか?


正典(25代目):自分の根本は父であり、一番尊敬をしています。自己主張が強いけど、きめ細かい。お客さまとのつながりをとても大切にしていたり、お店のシャッターの開閉を約40年間ずっと父が自分でしているところも、尊敬できる部分です。最近父と比較して自分に足りないと思ったのは、「お客さまとの世間話」。父はその「世間話」を当たり前のようにしているのですが、当初私はあまり重要視していませんでした。しかし、さまざまな人が『油忠』を訪ねたり、電話をかけてきてくださるのを見て、他愛ない「世間話」がその関係性をつくっているのだと、気付きました。

俊之(24代目):Web事業など新しいことを積極的に取り入れている姿勢がいいと思いますね。「20代に日本酒を広めたい」という想いは、自分が20代のときにも感じてましたし、25代目ならではのやり方で『油忠』を広め、代々受け継がれている「人とのつながりを大切にする」「偽物は売らない」という伝統さえしっかり守ってもらったら、他に言うことはないです。Web事業の話をされたときもすぐに賛成をしましたし、今はこの時代にあったやり方でおいしいお酒を多くの人に飲んでいただきたいと思ってます。

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Q4:自分の代ならではの仕事は?


正典(25代目):『SAKELIFE』というオンラインでの日本酒の定期購入サービスをスタートさせました。大学時代の友人と共に開設したサイトで、父が大切にしていた「路面店での人とのつながり」 をWeb上で再現したいと思っていて、毎月会員のお客さまにお薦めの日本酒をお送りしています。1本目は私のお薦めの日本酒を送り、その後感想や意見を頂いて、次にその方にあった日本酒をお送りします。もともと定期購入という文化は酒屋業界にもあったのですが、うまく活用されていませんでした。あらためてWebシステムを活用することで、日本酒になじみの少ない、20代の方へも訴求できるようになり始めました。

俊之(24代目):お店でお客さんとお茶を飲みながらいろいろな会話をすること。「人とのつながり」、特に地域の人との日常会話を大切にしていました。そこから得る知識も多くありましたし、世の中の流れを知ることができます。また、どんなときでもお店のシャッターの開閉は自分が行っていました。そこは24代目である私の気合いの入れどころでもありましたし、守るべきことなんです。

Q5:人生において、優先順位の高いことを3つ教えて下さい


正典(25代目):[1.雇用100人を油忠で創出 2.家族 3.バンド]
1位の「雇用100人を『油忠』で創出」は、私の一番の目標です。実現させるためには、まず売り上げをあげること。売り上げをあげるためには、『油忠』も自分も魅力的であること。そして魅力的であるということは、地域に愛されることだと思っています。2位の家族は、1位にもなるものですが、売り上げあっての家族だと思っています。社長業は、自分の行動によって家族と従業員を守ることができると思うので、現在は2位です。3位のバンドは、一生の趣味があることは大切だと思い、選びました。今バンド活動にほとんど時間を割くことができていないので、時間が確保できるようになったら、仕事が少しはこなせるようになったのだと、自分の能力を測る目安になると思っています。

俊之(24代目):[1.妻 2.子どもたち 3.人との出会い]
1位の「妻」には、今までさんざん苦労をかけ、支えてもらってきたので選びました。妻がいたからこそ商売ができたと思っています。友人はみな妻のファンで、それだけ人に愛されているんだなと。2位の「子どもたち」は、これからもずっと兄弟3人で仲良くしていってほしいし、自分の夢を見つけてそこに向かっていってもらえたらと思います。3位の「人との出会い」を選んだのは、商売を含め人とつながることで学ぶことが多いし、人脈は本当に大切にすべきものだと思っているからです。子どもたちにもこの想いはしっかり伝えていきたいと思います。


※この記事は2013/05/22にキャリアコンパスに掲載された記事を転載しています。

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