前編では、大地震直後に命を守るための準備を解説しました。今回はその続き、自宅まで無事に帰宅するために必要な準備を解説します。
さて、2011年の東日本大震災や2018年の大阪府北部の地震では、公共交通機関が停止したために、東京や大阪の中心部で大量の帰宅困難者が発生しました。
実際にご自身が自宅まで徒歩帰宅をしたという方、あるいは周囲に経験者がいたという方も多いと思います。
近い将来に発生する可能性が高い首都直下地震、あるいは大阪の中心部に甚大な被害をもたらすと考えられる上町断層帯の地震が発生した場合にも、膨大な帰宅困難者が発生すると想定されています。
しかし、東日本大震災や大阪府北部の地震の「徒歩でがんばって帰宅をした」という経験は、実は役に立たないばかりか、かえって生命の危険を生じさせる恐れがあるのです。いったいどういうことなのでしょうか。
平日の日中に都市部を大地震が襲った場合の状況
東日本大震災や大阪府北部の地震は、大量の帰宅困難者が発生したものの、都心部が震源地ではなかったため夜は街灯がともり、コンビニでは買物やトイレの利用ができ、スマホで情報収集をすることもできました。
また、道路そのものは無事で、余震による落下物の発生や火災なども生じていなかったため、「帰宅するのにとても時間がかかって大変だった」という影響で「済んだ」とも言えるのです。
一方で、都心部を大地震が直撃した場合、この様子が一変します。
停電で夜間は一歩先が見えなくなり、途中で水や食べ物を入手したり、トイレも使えなかったりする恐れがあります。
道路は地割れや落下物で通行が困難になり、場所によっては割れたガラスの海になっている場所もあるかもしれません。
余震で頭上から看板やビルの外壁が落下してきたり、火災で通行ができなくなっていたり、橋が落下して通行ができなくなっていたりする可能性もあります。
つまり、屋外を歩くという行為そのものが、文字通り「命がけ」となるのです。
帰宅しないために備蓄品を準備する
そのため、2012年に東京都が「帰宅困難者対策条例」を施行、2015年に大阪府が「一斉帰宅の抑制対策ガイドライン」を策定し、都府内の企業に対し、「大地震直後に従業員を徒歩帰宅させると、死傷者が大量に出る恐れがあるから、周囲が安全になるまで3日程度帰宅させないでください!(意訳)」と呼びかけています。
皆さまの会社が、災害時の宿泊を想定した準備や備蓄を行っている場合はこれを利用し、なければ自前で必要な備蓄品を補い、「死なないために帰宅しない準備」をすることが重要なのです。
オフィスにとどまる際、もっとも重要な備蓄品は非常用トイレです。半日程度飲まず食わずでもただちに影響はありませんが、トイレの需要は大地震直後から生じる可能性があります。
大地震で停電や断水が生じた、あるいは配管が破損して水を流せなくなった場合に備えたトイレの準備が不可欠です。
トイレの準備を行ってからはじめて、飲料水と食料を備蓄します。会社で備蓄があればこれを利用、なければ普段食べているおやつの在庫を増やす形でも構いませんので、デスクやロッカーに追加しておくとよいでしょう。
なお……会社の備蓄がない状態で大地震が発生、自分だけが食べ物を持っているという場合、これを食べるのにはなかなか勇気がいります。
防災の理解が得られない職場の場合、ゼリー飲料や一口サイズのお菓子類を中心にそろえ、非情なようですがコッソリ消費できるものを準備するとよいでしょう。
家族との安否確認手段を準備する
一方、会社の建物が無事でオフィスに十分な備蓄品があったとしても、家族の安否確認が取れない場合、徒歩で帰宅したくなる方が多いのではないでしょうか。
そのため、せっかくの備蓄品を無駄にしないように、家族と連絡を取るための手段を準備することが重要になります。
大規模災害時の通信は、まず電話回線が通信規制または通話の集中による輻輳(ふくそう)と呼ばれる現象で使用できなくなります。
最後まで利用できる通信手段はインターネットです。インターネット回線を用いたスマートフォンアプリ、具体的にはLINE(ライン)、Skype(スカイプ)、各種のSNSメッセンジャーなどを使って、家族と連絡を取り合うことが必要になります。
日頃から家族とこれらのアプリで連絡を取り合ったり、家族グループを作ったりするなどして、安否確認をできるようにしておきましょう。
スマートフォンを持っていない家族がいる場合は、災害伝言ダイヤル171を自宅の固定電話から使えるように練習させておいたり、遠方に住む親戚知人の自宅を中継地点にしたりして、それぞれの安否をそこへ伝えるといった方法も検討してください。
またいずれの場合も、紙のメモに家族全員の電話番号、メールアドレス、SNSアカウントなどを控えておき、自分のスマートフォンが使えなくなっても、連絡先が分かるようにしておくことが重要です。
徒歩帰宅に備えて準備しておきたい防災セット
繰り返しとなりますが、自分の命を守るためには、安全が確認できるまで帰宅を始めないことが原則です。
しかし、備蓄品の用意や家族の安否確認の準備を徹底しても、それでもなお帰宅しなければならない方もいらっしゃるでしょう。
そこで、この様な状況に備えた帰宅支援グッズを紹介します。これらは普段からオフィスのロッカーなり机の足下なりに保管をしておき、いざという場合に取り出して活用することになります。
安全を確保するための道具
リュック
以下のグッズを格納するためのリュック。通勤カバン自体がリュック型であれば、不要なものを取り出してそのまま使えます。
手提げカバンしかない場合は、片手をふさがないためにリュックを準備してください。
ヘルメット
余震による落下物などから頭部を守るために必要です。
会社支給のものがなければ自分で準備。保管場所が限られる場合は折りたたみ式が役立ちます。
雨具
徒歩帰宅の途中で雨に濡れると、季節によっては凍死する恐れがあるため雨具が必須。
両手を空けることが望ましいため、傘ではなくレインコートやポンチョを準備。防寒着にもなるためオフィスにとどまる場合も有効です。
LEDヘッドライト
非常時の徒歩帰宅は日中明るい時間であることが鉄則ですが、移動中に日が暮れてしまった場合や、暗い場所を通行しなければならない場合に必須。
両手を空けるため、ハンドライトではなくヘッドライトを選択しましょう。
靴とインソール
長距離をあるく場合は歩きやすい靴が必須。
ガレキや割れたガラスなどの危険物が想定されるため、靴底が頑丈なものを準備。「踏み抜き防止インソール」を準備しておき、普段履いている靴にこれを移すのも有効です。
グローブ
危険物をどかしたり転んだ際に手をついたりする場合に、手指を保護するために必要。
雨天も考慮すると頑丈な防刃防水手袋が望ましいですが、高価で買えない場合は軍手だけでも準備してください。
マスク
大地震直後は粉じんが立ち込める状況が想定されるため、マスクがあると役立ちます。防寒具の一部としても利用可能です。
帰宅を支援するための道具
モバイルバッテリー
情報収集にスマホを用いる場合に必要。
日頃から使用していればそのまま使えますが、予備として「乾電池式バッテリー」があると役立ちます。安価で長期保存ができるため、オフィスにとどまる場合も有効です。
応急手当セット
帰宅中のケガに対応するために必要。
自分用となるため簡単に使えるものを選択しましょう。最低限は絆創膏と傷パッドなど。
飲料水
被害が大きい場合、帰宅途中で物資の入手ができない可能性があるため用意します。
しかし水は重量がかさむため、500mlのペットボトル1~2本程度にとどめるべきです。備蓄をするならば栄養補給を兼ねたゼリー飲料も有効。
食料
帰宅するまでの歩行に必要なエネルギーを摂取できればよいため、食事と言うよりは登山用の行動食に近いです。
普段オフィスで食べているチョコレートやバランス栄養食などがあればこれを流用。重くしすぎないことが重要です。
非常用トイレ
大地震で停電や断水が生じている場合、コンビニや道中の避難所に立ち寄ってもトイレを利用できない可能性が高いです。
非常用トイレ・目隠しのポンチョ・ウェットティッシュなどを準備しておくと役立ちます。
災害大国日本。自然災害は「くるかどうか」ではなく「いつくるか」で論じる対象です。
キャビネットを固定する転倒防止器具ならば、インターネットで今すぐ注文をすることができます。LEDライトを枕元に設置する対応は、今日の帰りに100円ショップへ立ち寄れば完了です。
今できることからすぐに行動することが、「死なないための防災」につながります。
死なないためのオフィス防災【前編】~会社の防災に個人で付け足す準備のポイント~
高荷智也(ソナエルワークス代表|備え・防災・BCP策定アドバイザー)
「自分と家族が死なないための防災対策」と「企業のBCP策定」のポイントをロジックで解説するフリーの専門家。大地震や感染症パンデミックなどの防災から、銃火器を使わないゾンビ対策まで、堅い防災を分かりやすく実践的に伝えるアドバイスに定評があり、講演・執筆・コンサルティング・メディア出演など実績多数。著書に『中小企業のためのBCP策定パーフェクトガイド』など。1982年、静岡県生まれ。
公式サイト「備える.jp」https://sonaeru.jp
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