日本人で初めてノーベル文学賞を受賞した作家
毎年、秋になるとノーベル文学賞の話題がニュースに流れます。日本の作家・村上春樹が受賞するのではないかと期待されているからです。
ノーベル文学賞は年に1回、一人の受賞者に贈られる国際的な賞で、今まで日本人で受賞しているのは二人しかいません。川端康成と大江健三郎です。ここでは初の日本人受賞者となった川端の話をします。
川端の小説が描き出す「日本的な心」
川端は1968年に日本人で初めてノーベル文学賞を受賞しました。その受賞理由は「日本的な心をとても繊細に表現している」といったもので、その作品は日本的な伝統の美しさ(あるいはそれが失われようとしている儚さ)を描いています。とりわけ代表作とされているのは『雪国』です。あらすじを見てみましょう。
西洋舞踏評論家の島村は汽車に乗って温泉町に向かっていた。彼の目的は温泉町にいる芸者の駒子と再会すること。同じ汽車には病人の男性といっしょに、葉子という女性も乗っていた。島村は汽車のなかで聞いた葉子の声に魅了される。駒子と再開する島村。駒子は仕事が終わるたびに、島村が泊まっている宿を訪れ、2人は同じ時間を過ごす。島村は駒子と出会って以来、年に一度の間隔 で駒子のいる村へ訪れるのだった。
『雪国』はストーリーを追うというよりも、文章全体に流れる情感を楽しむものです。特に冒頭、汽車がトンネルを抜けた先で一面の雪景色が現れ、汽車の窓ガラスにほかの座席に座った葉子の顔が映るという場面は、視覚的にも鮮烈でありながら、詩情が身体にしみこむような文章で描写します。
ほかにも『雪国』では聴覚や触覚に敏感な表現が読みどころです。象徴的なシーンを1つ引用してみます。
島村は退屈まぎれに左手の人差指をいろいろに動かして眺めては、結局この指だけが、これから会いに行く女をなまなましく覚えている。
これは島村がかつて温泉町で出会った駒子のことを回想する場面。女性との関係を直接的に描写しなくても、「手が覚えている」と印象的な比喩を使うことによって、より官能的に表現しています。
川端の作品の魅力は、この官能的ともいえる五感に訴えてくる美しい文章にあるのです。
実は「日本的伝統」だけではない川端康成
ほかに川端の代表作といえば『伊豆の踊り子』『古都』といった作品があります。『伊豆の踊り子』は旅の途中で知り合った踊り子との儚い交流を描いた青春もの、『古都』は古い伝統が残る京都を舞台に生き別れた双子の姉妹が再会をするという物語です。
川端といえば、画像検索したら出てくる和服姿の出で立ちと相まって、「古き良き日本を書いた人」というイメージがあるかもしれません。しかし、実はそれだけではありません。
「日本的伝統とは違ったものが読みたいんだけど……」という方には、ちょっとホラータッチなものはどうでしょうか。女性に身体から外した片腕を借りる男を描いた『片腕』、女性のあとをつける癖がある教師が出てくる『みずうみ』など、不気味さや異常さを感じさせる作品もあります。後期の川端は「魔界」というキーワードをテーマにした作品に挑戦しており、不穏な雰囲気の作品を残しています。
また、『掌の小説』という川端が描いた幻想的なスケッチといった趣のショートショート集や、『乙女の港』というティーン女性向けに書かれた作品もあります。
川端康成は日本文学の「ビッグ3」
お笑い界の「ビッグ3」といえば、明石家さんま、タモリ、ビートたけしの三人ですが、日本文学の「ビッグ3」は川端康成、谷崎潤一郎、三島由紀夫の3人だと海外からは目されています。
いずれも日本文学が本格的に紹介されはじめたときに人気の高かった三人で、ノーベル文学賞の候補とも言われていました。外国人と日本文学の話になったら、この三人の名前のどれかがあがることが多いです(もちろん村上春樹もあがります)。世界にはその国ごとの文豪がいますが、日本を代表する作家となると、川端がその一人となるでしょう。
文学はその国の文化の一部です。川端康成を読んでいると、外国人と文化について対話するときに、深いコミュニケーションができることでしょう。そして、話し相手の国にはどんな文豪がいるのか、耳をかたむけましょう。
その会話は1年後か2年後か、どこかの国の飲食店のかたすみで、必ず行われているはずです。
『雪国』
著者:川端康成
角川文庫
※カバーの絵柄は(株)かまわぬのてぬぐい柄を使用しています。
文=菊池良
文筆家。文豪たちの作品を愛し、それにまつわる書籍を執筆。主な著書に『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』『もし文豪たちがカップ焼きそばの 作り方を書いたら 青のりMAX』『芥川賞ぜんぶ読む』など。@kossetsu
編集=五十嵐 大+TAPE
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